離婚するからどっちと暮らすか決めろと告げられた姉妹(神田家)、自転車のカギを失くしたため父親に迎えを頼んだがその父親が途中で事故を起こし死んでしまったため、母親に”あんたがわがままを言わなければ・・”と責められた女子高生(相模家)、スマホに夢中になり目を離した隙に幼い息子を川で失くした母親(最上家)-の三つの家の物語を描いている。それぞれに重い物語で、十分悲しいのに三つの物語を行き来しながら川を中心につないだだけの脚本だからか、感情が長続きしない。悲しさは浸るからより感情が高ぶり感動につながるのだ。オムニバス映画や短編小説集は、かなりの名作でも振り返ってみても感動したのはひとつかふたつ。
「沈まない三つの家」はどれも悲しい物語なのだが、充分に浸れなかった。
「福福荘の福ちゃん」(14年 邦画)

エンディングにつながる挿入歌「出発の歌」(上條恒彦と六文銭)が懐かしく、滲みた。
0 件のコメント:
コメントを投稿