2026年9月11日金曜日

ロバの耳通信「ローカル線で行こう!」「キング&クイーン」

「ローカル線で行こう!」(16年 真保裕一 講談社文庫)

真保の本は何冊か読んだ記憶があって、ハードボイルドやらミステリーもので面白かったという記憶。表紙と解説でコメディーかと半ば時間つぶしで借りたのがこの「ローカル線で行こう!」だった。新幹線の売り子さんの女性が、その仕事ぶりを見込まれて赤字ローカル線の再生を任されるというとんでもない話なのだが、文章がうまくすっかり乗せられてしまった。600ページ近い長編のほぼ四分の一まで来たところで気づく。この本は確かに面白い。真保らしからぬ明るくノリのいい調子のよさだ。企業コンサルタントをしていた自分にも、気付かされる再生プランもあって、アイデア満載のストーリーは飽きない。サクセスストーリーとしての結末も予想された。が、途中で放り出してしまった。うまく言えないが、なんだか絵空事のむなしさのようなものを感じてきたから。
真ん中を飛ばし、後半のページを倍速で。ローカル線再生の邪魔者捜しのミステリーがあり、裏で原発廃棄物処理の計画を企んでいた県知事のワルを暴くという真保らしいところが出てきたところで、あっけなく物語が終わった。やっぱり真保にこういう軽いノリのものは似合わない。

「キング&クイーン」(12年 柳広司 講談社文庫)

初めての作家で、表紙もなんだかね、で躊躇したが別の作品「ジョーカー・ゲーム」(未読)で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を獲っている作家だと。チェスの世界王者の護衛を引き受けた元警視庁SPの物語という設定。チェスはやったことがないからチェス用語にあたると引っかかる。チェスの世界王者が狙われるという理由が曖昧で、ミステリーじかけのストーリー展開がもどかしく、SPとチェス王者の昔話まで戻ったりするから時世の混乱もありイライラがつのるのだが、人物の描き方が面白く最後まで引っ張られてしまった。「ジョーカー・ゲーム」を読んでみようかな。



2026年8月4日火曜日

ロバの耳通信「石の繭 警視庁殺人分析班」「代償」

「石の繭 警視庁殺人分析班」(13年 麻見和史 講談社文庫)

新人女刑事如月塔子が活躍する警察小説。被害者をモルタルで固めるというちょっと見かけないスジ、捜査手順を細かく明かしながら犯人捜しの謎解き。題もなかなか凝っている。副題みたいな「警視庁云々」は余分。
最初の数ページから感じた違和感、読んでゆくうちにほかのミステリー小説、警察小説との違いに気付いた。主人公はもちろん如月塔子で容姿から性格まで「説明」される。すべてのセリフ、考えたこと、感じたこと、動きなどすべてが「説明」されながら物語が進む。読者は、小説を読むだけで如月塔子と一緒に事件の流れを掴み、犯人にたどり着く。
この小説、シリーズものとなり、また連続ドラマとなる原作の第一作だというから、主人公なり刑事たちの紹介がはいってくるのも多少やむをえないとしても、まあグダグダと「説明」多すぎ。
ミステリーなんてものは虫食いの穴だらけのストーリーを読むから面白いのだよ。虫食いの穴は想像の余地であり解き切れない矛盾なのだよ。名作といわれる警察小説の面白さは、組織のカベ、イヤガラセ、気に入らないヤツなど普通の組織ならどこにでもある不条理をさらに浮き立たせ、そのなかで手探りしながら刑事が犯人捜しに苦労するから面白いのだよ。捜査一課で二年にも満たない女刑事、どうも小柄でカワイイらしいがイッチョウマエに活躍するなんて。うーん、そこは許しても、「説明」だらけの「取扱い説明書風ミステリー小説」なんぞ読みたくないって。

「代償」(16年 井岡瞬 角川文庫)

幼なじみのワルの弁護を引き受けた弁護士の物語。実際の主人公はこのワルの方。井岡が作り上げたこのワルのために読者のワタシはイライラから抜け出ることができない。イライラはこのワルに対しての気持ちだけでなく、モヤモヤした筋立てにも。ん?真実を語ったのは骨壺に隠されていたマイクロカセットだって?うーん、作りすぎだよ、それは。辻褄合わせの小細工が目につく初見のこの作家との相性もあると思う。最後はパーっと、このワルを始末するか、ワルに頑張ってもらいワルを極めてほしかったのだが、うーん、この程度の始末のつけかたか、と欲求不満の炎は消えなかった。

テレビドラマとしてシリーズされているらしいが、チェックしてステレオタイプの配役を見てこれは原作を超えられないと確信。筋も結末も知っているからイライラがつのるだけかな。だから、見ない。

2026年8月2日日曜日

ロバの耳通信「ゼロの迎撃」「珍妃の井戸」

「ゼロの迎撃」(15年 安生正 宝島社文庫)

「生存者ゼロ」(14年 宝島社文庫)のスーパー自衛官の活躍があまりにも面白くて、味をしめて2作目となった安生正。北朝鮮軍による東京壊滅作戦を自衛隊の情報官が阻止するというストーリーはわかりやすく、たぶんハッピーエンドということが想像できていたから安心してジェットコースター劇を楽しんだ。やや、気に入らないのは、こっち側のボスキャラである日本の総理がなかなか骨のある人物に描かれていたことか。普段、迷走だらけの政治劇に付き合わされている小市民としては、そこまで政治家を信用はしていない。改憲議論がくすぶったままだが、自衛隊の組織から自衛隊法などがやたら詳しくてタメになった。安生の「宝島社このミス大賞シリーズ」ではもう一冊「ゼロの激震」(16年)があるらしいから、図書館に予約出さねば。

「珍妃の井戸」(05年 浅田次郎 講談社文庫)

浅田次郎の中国歴史モノが面白かったとブログにあり、早速図書館に行ってみたら「蒼穹の昴」(04年~ 講談社文庫)があったが、4冊組でしかも3、4巻しかおいてない。揃いは手許に全部重ねておいてじゃないと読む気がしないから、近くにあった「珍妃の井戸」を借り出した。裏表紙に”「蒼穹の昴」に続く感動の中国宮廷ロマン”とあって、たまたまチャン・ツイーの映画「女帝 エンペラー」(06年 中国・香港)を見ていて、この映画が面白くてアタマが中国宮廷風というかすっかりその気になってしまっていたからこの「珍妃の井戸」にも期待してしまった。
うーん、残念。ガマンにガマンを重ね100ページくらいまでは我慢して読み進めたのだが、浅田次郎でこんなに相性の悪いのってあったかと思うくらい付いていけない。ただでさえ読みづらい漢字だらけで別名まである中国人だけでなくイギリスの伯爵やら、ドイツの男爵やら、ロシア侯爵はては日本の子爵やらがゾロゾロ。うーん、登場人物が多いというだけでまいってしまった。きっとまだ読んでないところで、ガーって話が進んで面白くなるのかもしれないのだけれども。「蒼穹の昴」・・どうかな、1巻だけ先に借りてみようか。

2026年7月23日木曜日

ロバの耳通信「地下鉄に乗って」「つばさやつばさ」

「地下鉄(メトロ)に乗って」(99年 浅田次郎 講談社文庫)

いつも就寝時にフトンの中で聞いているYouTubeの朗読サイトでこの作品を聞いたことがあって、時代や場所がアチコチ飛んでなかなかわかりにくいなと思っていて、今回あらためて「読んで」みた。本の場合は、指を挟んでいたほんの数ページ前を戻ってチラ見することなんかに便利だから、こういう時代を行き来するようなすこし込み入ったものは流しで聞くよりずっと味わえる。同じ浅田の「ラブ・レター」(短編集「鉄道員(ぽっぽや)」(97年 集英社)に収録)のように、手紙文が主体となったものは、声を通じての情感が伝わってくるからまあ特別にしても、朗読を聞くより活字を読むのがいい。
「地下鉄に乗って」で描かれるのは家族間の気持ちの距離の違いのようなもの。地下鉄の出口を昇ったら過去の世界に出会うなんて、ちょっとありそうなハナシなのだが鼻の奥がキュンとなるな懐かしさだ。案の定映画化もされていた(06年)か。

「つばさよつばさ」(09年 浅田次郎 小学館文庫)

JALの機内誌に連載された短編をまとめたもの。ワタシも夢見た”「旅先作家」暮らし”が存外辛いものだと知った。ベストセラー作家というものもなかなかタイヘンな仕事らしい。締め切りに追われる旅暮らしの愚痴や嘆きの中に、やっぱり旅を楽しんでいる。やっぱりうらやましい気がする。
若い頃、海外に出ることも多くて、連日の移動と不規則のホテル暮らしに旅先で体調を崩したりはしたが、いまは只々なつかしい。イヤな思い出もあるが、見知らぬところでの新しい体験の連続に興奮の毎日だったような気がする。そういう連続のある時、救急車に乗せられてしまい、いつのまにかそういうことを遠回りして避けるようになってしまった。もうそれから20年近く経っているのにそのトラウマから抜け出せないでいる。ちょっと、身を乗り出せばソコに行けるのに、ソレができないのはなぜだろうか。うーん、回りくどい言い方になった。自分にコンジョーとかキアイみたいなものがなくなったと言いたかっただけ。

2026年6月19日金曜日

ロバの耳通信「ゴールドラッシュ」「カラスの親指」「戦場のレビヤタン」

花粉症に苦しめられ、いい天気の休日なのに終日ひきこもり、目薬さして、大きなマスクをつけて今日も本を読んでいる。

「ゴールドラッシュ」(08年 柳美里 新潮文庫)

横浜黄金町を舞台にしたノワール。パチンコ店経営の父、別居中の母、知的障害の兄、援交している姉など、これ以上ない環境で育った少年の物語は柳美里の体験の一部かと。暗すぎてやりきれない。お金がないと辛いが、あっても辛いのか。ずっと読みたかった柳美里(ユウ・ミリ)だが、死ぬほど読んだ梁石日(ヤン・ソギル)と同じ。こういうのはいいかな、もう。

「カラスの親指」(11年 道尾秀介 講談社文庫)

カミさんに指摘されるまでわからなかった2度目の借り入れ。詐欺師の物語。前回と同じところで、挫折。最初だけ面白いのだが、退屈した。印象に残らなかったから、また借りてきそうな気がする。映画化されてるらしいが、見ない(断言)。



「戦場のレビヤタン」(19年 砂川文次 文芸春秋)

新刊書コーナーで見つけたピカピカのハードカバー。芥川賞候補作と文学界新人賞作の2つの中編が入っているとの著者略歴だけで借り出した。レビヤタンは英語読みだとリバイヤサン、そう旧約聖書の中に出てくる怪獣。民間警備員としてイランだかイラクだかの石油パイプライン会社に派遣された元自衛隊員の物語。後半の訓練中の自衛官の体験話と同じで、未知の職業に興味は覚えてもそれ以上なものを感じない。どうかな、芥川賞。

2026年5月10日日曜日

ロバの耳通信「ウォンテッド」「インポッシブル」

「ウォンテッド」(08年 米)

ゼッタイ死なないヒーローのド派手なアクションと勧善懲悪、荒唐無稽、ハッピーエンド、スジも道理もあったもんじゃないと思い、見終わってチェックしたらアメリカのグラフィックノベルが原作だと。ふーん、そうか、そうか。タラコ唇のアンジェリーナ・ジョリーは好みじゃないが、アンジェリーナが出てくるアクション映画は条件抜きにとにかく面白い。なーんにも残らない気楽さも映画の楽しみ方か。こういうの、やや食傷気味だけど。

「インポッシブル」(12年 スペイン)

04年インドネシアスマトラ島沖で起きた地震による津波で22万人の死者と13万人の負傷者が出たという。地震の大きさは11年に起きた東北地方太平洋沖地震の1.4倍に相当すると。死者の数を比べる不遜は避けるが、不幸はワレワレだけではなかったのだ。スマトラ島沖地震は、ニュースとしては意識していたのだが、こんな大きな不幸があったことを忘れさえしていた。
映画は、実話。家族(ユアン・マグレガー、ナオミ・ワッツほか)でタイに遊びにきて津波に巻き込まれることになったスペイン人一家の家族愛を描いていて、アカデミー賞ノミネートなど多くの賞を獲っているが、バヨナ監督が訴えたかったのは、やはり津波の怖さだろう。だったら、ユアン・マグレガー、ナオミ・ワッツとかじゃなくてよかったんじゃないかな。ふたりとも嫌いじゃないけど、なんだかワンパターン。それよりふたりの長男役やった子役が一番良かった。

2026年4月7日火曜日

ロバの耳通信「運び屋」「哭声 コクソン」

「運び屋」(18年 米)

クリント・イーストウッドの監督、主演ということで公開を楽しみにしていた。
原題The Muleは運び屋の俗語でもあるが、本来はラバ、あるいはガンコ者の意味。ガンコジジイの物語だ。
好き勝手な暮らしから家族の総スカンを食らっていたジジイが、マフィヤカルテルで麻薬の運び屋をやっているうちに家族の大切さに気付くというなんてことはない物語。実話らしいが、イーストウッドのシャレジジイは魅力的。ワーナーブラザーズらしい映画作りの出だしやタイトルバックの音楽がいい。ジジイが元妻を失い、逮捕されたあとに娘や孫の愛情を取り戻すーなんて、なんで?とか思ってしまうスジ立てだが、ジーンときたラストを楽しめたから、まあいいかと。
娘役でイーストウッドの実娘が出演しているが、うーん。イーストウッドもただの親バカか。

「哭声 コクソン」(17年 韓国)

韓国の田舎は日本と似てるな、とか土砂降りの雨はイヤだなとか思っているうちに、村人が家族を惨殺するという事件が次々に起きていた。「哭声 コクソン」の意味は、泣き叫ぶ声。血まみれの死体やら、お化けやらが出てくるわ、謎の日本人(國村隼)がキリストの言葉を吐いたり、主人公の娘が毒キノコのようなものに当たっておかしくなったり、祈祷師や司祭が出てくるわで、脈絡のないシーンが続いて、いや脈絡を感じられないワタシが悪いのか、とにかくいろんなことが次々に起きてアタマが付いていけなかった。この映画、韓国内でも海外でもヒットしたというから、何か啓示的なことを言おうとしているのをワタシだけが気が付かないのか。見終わって残ったのはただただ後味の悪さ。キャッチコピーは「疑え。惑わされるな。」だと。ワタシは惑わされ、オロオロと途方に暮れてしまった。