「地下鉄(メトロ)に乗って」(99年 浅田次郎 講談社文庫)
いつも就寝時にフトンの中で聞いているYouTubeの朗読サイトでこの作品を聞いたことがあって、時代や場所がアチコチ飛んでなかなかわかりにくいなと思っていて、今回あらためて「読んで」みた。本の場合は、指を挟んでいたほんの数ページ前を戻ってチラ見することなんかに便利だから、こういう時代を行き来するようなすこし込み入ったものは流しで聞くよりずっと味わえる。同じ浅田の「ラブ・レター」(短編集「鉄道員(ぽっぽや)」(97年 集英社)に収録)のように、手紙文が主体となったものは、声を通じての情感が伝わってくるからまあ特別にしても、朗読を聞くより活字を読むのがいい。
「地下鉄に乗って」で描かれるのは家族間の気持ちの距離の違いのようなもの。地下鉄の出口を昇ったら過去の世界に出会うなんて、ちょっとありそうなハナシなのだが鼻の奥がキュンとなるな懐かしさだ。案の定映画化もされていた(06年)か。
「つばさよつばさ」(09年 浅田次郎 小学館文庫)
JALの機内誌に連載された短編をまとめたもの。ワタシも夢見た”「旅先作家」暮らし”が存外辛いものだと知った。ベストセラー作家というものもなかなかタイヘンな仕事らしい。締め切りに追われる旅暮らしの愚痴や嘆きの中に、やっぱり旅を楽しんでいる。やっぱりうらやましい気がする。
若い頃、海外に出ることも多くて、連日の移動と不規則のホテル暮らしに旅先で体調を崩したりはしたが、いまは只々なつかしい。イヤな思い出もあるが、見知らぬところでの新しい体験の連続に興奮の毎日だったような気がする。そういう連続のある時、救急車に乗せられてしまい、いつのまにかそういうことを遠回りして避けるようになってしまった。もうそれから20年近く経っているのにそのトラウマから抜け出せないでいる。ちょっと、身を乗り出せばソコに行けるのに、ソレができないのはなぜだろうか。うーん、回りくどい言い方になった。自分にコンジョーとかキアイみたいなものがなくなったと言いたかっただけ。

