2023年3月30日木曜日

ロバの耳通信 「フリー・ガイ」「ノーカントリー」

 「フリー・ガイ」(21年 米)原題:Free Guy

ゲームの背景キャラ(モブキャラ)のガイ(ライアン・レイノルズ)が、ゲームのキャラ女性モロトフ・ガール(ジョディ・カマー)にひと目惚れ。空想のゲームの世界、切った貼ったの暴力シーンなしだから誰もが楽しめる楽園ゲームの映像化。なんともハチャメチャだけどヘラヘラ笑いながら肩ひじはらず楽しめた、ザッツエンターテインメント。

勧善懲悪のシナリオ、登場キャラが多彩ながらステレオタイプの明るいアメリカ人ということでアメリカでは興行成績が良かったらしいが、そこまで明るくなれない日本市場には受け入れられなかったらしい。ネットにアップロードされ、動画共有サイトで評判になればゲーマーたちにも広がってくるんじゃないかなとも思えるが、日本のゲーマーたちは、ゾンビと戦う「バイオハザード」みたいなのが好きだからこれ以上伸びないかも。

個人的には、ゲームプログラマーのミリーとゲームキャラのモトロフ・ガールのダブルキャストの英女優ジョディ・カマーが可愛くてメッチャ気に入ったね。


「ノーカントリー」(07年 米)原題: No Country for Old Men

ハードボイルド作品で突出した個性のあるコーエン兄弟製作のミステリー映画。砂漠の真ん中の麻薬の取引現場で偶然大金を手に入れたベトナム帰還兵(ジョシュ・ブローリン)とそれを追う牛屠殺用エアガンを持つ殺し屋(ハビエル・バルデム)の追跡劇。メキシコとの国境の町で凶悪化している犯罪に嫌気をさしている老保安官(トミー・リー・ジョーンズ)の語りで映画が進む。イエーツ(英国の詩人William Butler Yeats)の警句から取ったという静かな語り口のセリフは、このあと始まるのが殺戮の繰り返しだと知っているから、余計に心に響く。

スペインの怪優ハビエル・バルデムの殺し屋の気味悪さがなんとも言えないくらいにいい。こんなに存在感のある俳優はめったにいない。そして、見るたびに息を詰めるほどに驚くのが、終盤に殺し屋が交通事故に遭うところ。カメラワークも効果音も唐突で、本当にドキンとする。

存在感といえば殺し屋を追う賞金稼ぎ(ウディ・ハレルソン)の静かな語り口がいい。ベトナム帰還兵の田舎臭い妻を演じているスコットランドの女優ケリー・マクドナルドの投げやりな表情や声が好き(だから字幕で見ることを強くすすめる)。

雨の日や寒くてでかけたくない日にまた見ることにしよう。

2023年3月20日月曜日

ロバの耳通信「真相」「生きるぼくら」「夜届く 猫丸先輩の推測」

「真相」 (06年 横山秀夫 双葉文庫)

今までに読んだ警察小説とはかなり違う短編集。「真相」10年前に殺された自慢の息子は実は万引き犯、一緒に万引きしていて先に逃げたのが実は娘の婚約者だったという真相。やりきれんなー、確かに。「18番ホール」18番ホールの予定の場所に埋めたひき逃げ死体を隠すには、村長になってゴルフ場の主導権を握らねばと、”己の人生を丸ごと、深い穴に埋めてしまいたかった”村長候補。「不眠」職を失い、不眠症治療の治験に通う男がチクったトルコ嬢殺しの男もリストラ組。実は容疑者の男の息子が真犯人だった。治験の収入で失業保険を切られることにビクビクしながら不眠症に悩む男。などなど、落とし所のない困難に途方に暮れる主人公たち。とても他人事とは思えない。

冤罪の報道などを聞く度に、犯罪者になる、ならないがほんの紙一枚の差だと思うし、また悪意のネット情報などについて聞くと、平穏ではいられない。どれも寝汗の原因となりそうな”心底、怖い”物語ばかり。読み終わって、ああ、これは自分や家族の話ではなかったと息をつくも、胸騒ぎのような不安は消えない。犯罪者になる、被害者になる、どっちも嫌だ。

「生きるぼくら」 (15年 原田マハ 徳間文庫)

 母ひとり子ひとりのひきこもりの青年が母親に家出され途方に暮れてしまう。母親が残した”年賀状の中に、あなたの助けになるひとがいる”という書置きをもとに、奥蓼科にすむ幼い頃に一緒にすごしたことのある祖母を訪ね、そこで異母兄弟の娘をはじめいろいろの人たちと力を合わせ、ボケの始まった祖母の自然稲作を手伝うという物語。大自然の中で自分を取り戻すという、物語ならありそうな話なのだが、自然のものを食べること、額に汗すること、人々に囲まれて生きることなど、ふだんの暮らしで忘れかけていた感覚を反芻させる著者の文章の力に負け、涙してしまった。押しつけがましいことが書いてないから、困難にメゲ途方に暮れたときに読むと力をもらえる本。

だれか映画にしてくれないかな。うん、あんまりメジャーな俳優たちとかじゃなく、明るいイナカの風景のなかで、感動に泣きたい。

「夜届く 猫丸先輩の推測」(18年 倉知淳 創元推理文庫)

6編の短編集。表題と同じ巻頭短編では、心当たりがない”病気、至急連絡されたし”という差出人不明の電報に主人公が右往左往し、妄想の世界に入り込む。謎解き物語ではあるが、著者が作った答えさえコジツケ。著者の独りよがりのユーモアはちっとも面白くなかった、というのがワタシの個人的な感想。よって、巻頭一編だけで放棄。

2023年3月10日金曜日

ロバの耳通信「無理」「銀行占拠」

「無理」(12年 奥田英朗 文春文庫)

合併したばかりの地方都市の生活保護担当の市役所職員の周りで起きる普通のこと・・でもないか、ナマポの虚偽申請、主婦売春、オタクによる女子高生誘拐、贈賄に収賄、・・いまも続いている社会問題をテンコに盛り、読者の前に突き付ける。裏表紙の釣りは”どん詰まり社会の現実”とある。そうなのだ、どう進んでも結局、皆どん詰まり。それが予想できる。だから、読むに連れて息苦しく、もういいやと思いつつも、所詮ヒトの不幸だと思っているから快感も。やっぱり最後のカタルシスまで読んでしまった。
こういう小説もアリだと思う。ハッピーエンドのための辻褄合わせなんかもナシ。だから、”どん詰まり”のまま。読後感のストレス100%・・。

「銀行占拠」(10年 木宮条太郎 幻冬舎文庫)

行員が立てこもった信託銀行。システム侵入で、シャッターも開かない、ATMも使えない。不祥事を公表するぞと脅かされ、うろたえる経営陣。池井戸潤(「半沢直樹シリーズ」(07年~文春文庫))の銀行モノを彷彿させる面白さ。まさに映画のような緊迫の展開。惜しむらくはラスト、これはないんじゃないかな。裏ですすんでいた信託銀行の解体と買収で、事件にならずリセットとかぁ、そこだけ何度か読み直したのだがイマイチ。信託銀行なんか、貧乏人の一般人は関係ないところではあるけれど、こういう終わり方ってあるのか。
まあ、予想と違ってていただけということなのだろうが、なんだかね。銀行の隠された不祥事が世間にぶちまけられ、銀行は崩壊とか、犯人は正義のヒーローとしてもてはやされる、なんてほうが面白かったか。