2026年4月7日火曜日

ロバの耳通信「運び屋」「哭声 コクソン」

「運び屋」(18年 米)

クリント・イーストウッドの監督、主演ということで公開を楽しみにしていた。
原題The Muleは運び屋の俗語でもあるが、本来はラバ、あるいはガンコ者の意味。ガンコジジイの物語だ。
好き勝手な暮らしから家族の総スカンを食らっていたジジイが、マフィヤカルテルで麻薬の運び屋をやっているうちに家族の大切さに気付くというなんてことはない物語。実話らしいが、イーストウッドのシャレジジイは魅力的。ワーナーブラザーズらしい映画作りの出だしやタイトルバックの音楽がいい。ジジイが元妻を失い、逮捕されたあとに娘や孫の愛情を取り戻すーなんて、なんで?とか思ってしまうスジ立てだが、ジーンときたラストを楽しめたから、まあいいかと。
娘役でイーストウッドの実娘が出演しているが、うーん。イーストウッドもただの親バカか。

「哭声 コクソン」(17年 韓国)

韓国の田舎は日本と似てるな、とか土砂降りの雨はイヤだなとか思っているうちに、村人が家族を惨殺するという事件が次々に起きていた。「哭声 コクソン」の意味は、泣き叫ぶ声。血まみれの死体やら、お化けやらが出てくるわ、謎の日本人(國村隼)がキリストの言葉を吐いたり、主人公の娘が毒キノコのようなものに当たっておかしくなったり、祈祷師や司祭が出てくるわで、脈絡のないシーンが続いて、いや脈絡を感じられないワタシが悪いのか、とにかくいろんなことが次々に起きてアタマが付いていけなかった。この映画、韓国内でも海外でもヒットしたというから、何か啓示的なことを言おうとしているのをワタシだけが気が付かないのか。見終わって残ったのはただただ後味の悪さ。キャッチコピーは「疑え。惑わされるな。」だと。ワタシは惑わされ、オロオロと途方に暮れてしまった。

2026年3月2日月曜日

ロバの耳通信「ミスター・ガラス」「ザ・フォーリナー/復讐者」

「ミスター・ガラス」(Glass 19年 米)

M・ナイト・シャマラン監督の「アンブレイカブル」(00年)、「スプリット」(16年)の続編。「アンブレイカブル」では大列車事故で唯一生き残った「壊れない」男デビッド役にブルース・ウィリス、コミックファンでスーパーヒーローを信じるイライジャ、彼は骨の異常のため「壊れやすい」ミスター・ガラス役にサミュエル・L・ジャクソンを登場させた。「スプリット」では、凶悪ビーストを含む23人の多重人格者を演じたジェームズ・マカヴォイの気味悪さ以外に見るべきものはなかったが、「ミスター・ガラス」はその借りを何倍かの面白さで返してくれた。そうか、前2作は伏線だったのか。

前2作を見ていなくても、主人公たちがスーパーヒーローや多重人格だと映画の中で説明されるからなんとなく分かるが、3部作完成まで20年近くが経っているから、前2作を見てからのほうがずっと、ずっと楽しめる。


「ミスター・ガラス」のタネはコミックヒーローのような超人的能力<透視やサイコキネシスのような超能力とは区別>を世の中から隠そうとする秘密グループの存在。ラストでデビッドもイライジャも、ビーストたちまでもが死んでしまううえに、秘密グループの暗躍もネットで公開されてしまうからこれでオシマイかとも思うが、いつも驚かされるシャマラン監督のやることだから、何年か後に続編が見られるかも知れない。

「ザ・フォーリナー/復讐者」(17年 米・中・英)

追う男:テロリストによる爆破で娘を殺されたレストラン経営の男(ジャッキー・チェン)は元米軍特殊部隊の出身。追われる男:爆破の黒幕(ピアース・ブロスナン)はかっての過激派組織の活動家で今は北アイルランドの副首相。原作は「チャイナマン」(92年 スティーブン・レザー新潮文庫)。娘を失ったヨレヨレのジジイが、手製の爆弾を作り、黒幕のガードマンを一人ずつ戦闘不能にしてゆきジワジワと黒幕に迫る。ジジイなのにメッチャ強くて、いつものヘラヘラしたジャッキーじゃない。ピアース・ブロスナンも007で見せた颯爽さなどはなく、女好きで、嫉妬深い妻にもオタオタする根性なし。
テロリストによるバス爆破やら、パソコン爆弾やらIRAの怖さが伝わる。英国と北アイルランドは休戦状態でしかないことをあらためて認識せざるを得なかったが、英国のEU脱退が間近になってなにか悪いことが起きそうな気もする。17年の公開から日本公開(今年5月)まで1年半もかかっている、なぜだろうか。

2026年2月2日月曜日

ロバの耳通信「ゴーストランドの惨劇」「A Vigilante」薦めない2作品

「ゴーストランドの惨劇」(18年 カナダ・フランス)

母と双子の姉妹が相続した叔母の家に移ってきた日に、大男とオカマの二人組に襲われた。母はナイフで応戦し撃退。その時のトラウマで姉は精神病になりその家で母と暮らすことに。妹はその事件のことを書き、ミステリー小説家として有名になって、母と姉の住む家を訪ねる。と、まあここまでが前半。人形が動いたり、物音がしたりと、なんだただのオカルト映画じゃないかと思っていたら、なんだかおかしな展開に。

実際は二人組に襲われ母は殺され、姉妹は絶え間ない暴力とレイプの対象になっていた。妹が小説家になっていたというのは妹のただの妄想。オカルトの味付けをした変態ホラー。暴力シーンの連続でR15制限付きだが、そんなものじゃないグロさ。見なきゃよかった。

今年の夏に日本でも公開だと。夏に流行る日本のオバケ映画は虚構だからどんな怖くても見てられるけど、殴られて腫れあがった血だらけの姉妹の顔なんてずーっと見てられるほど日本人はタフじゃないとおもうよ。

監督(有名な人らしい)とか配役とか、みんな知らない人ばかり、よって省略。


「A Vigilante」(18年 米)

原題のa vigilanteは、自警団の意味らしい。夫のDVで痛めつけられ、息子も失った女(オリヴィア・ワイルド)が、自らを鍛え夫に復讐すると共に、DVで苦しむ妻や子供たちのために闇の仕掛人になるというストーリー、つまりは警察なんかアテにならないからワタシが助けてあげると。日本未公開だが、すでに復讐劇をテーマにした同名のマンガや映画ももいくつかあるようだから、目新しさはない。
腕の骨を折られたオリヴィア・ワイルドが、痛さに叫びながらも自分で棒切れとガムテープで添え木をし、夫に立ち向かう。女たちが受ける暴力の凄まじさは半端なく、吐き気さえ覚える。闇の仕掛人オリヴィア・ワイルドが、暴力で仕返しをするシーンも遠慮なしで倍返しの凄まじさ。スカッと感はない。この映画も見ない方がいい。

2026年1月19日月曜日

ロバの耳通信「ザ・プレデター」「オーシャンズ8」

「ザ・プレデター」(18年 米)

「プレデター」シリーズの4作目。「ザ」をつけた安直さそのもので、目新しいものはない。主人公となる米兵士の息子を目立たせたり、コメディ味付けの兵士たちを活躍させたりで目先を変えたつもりだろうが、第1作のシュワちゃんが戦った「プレデター」(87年 米)のゾクゾクする怖さや気味悪さはどこにもない。
4作のほかに略称「AVP」「エイリアンVSプレデター」(04年 米)、「AVP2」(06年 米)とか際物も作ってくれたが、どれもつまらなかった。
「エイリアン」シリーズ(79年~)も、第1作の衝撃に比べ、まあ面白かったのは4作目まで、5作「プロメテウス」(12年)、6作「エイリアン:コベナント」(17年)と、ドジョウは何匹もいないことをハリウッドも気付いて欲しい。

「オーシャンズ8」(18年 米)

「オーシャンズ」シリーズでは番号は作品番号じゃなく、集団窃盗団のメンバーの数。「8」の指揮をとるのはサンドラ・ブロック。かっぱらうのはニューヨーク美術館のガラパーティーでカルチェのダイヤの首輪。

サンドラ姉さんの万引きシーンは、うなるような手口。高級化粧品店で品物をいくつか掴んで、レジに持って行き返品したいと。買い上げ伝票の控えもカードの控えもないから返品は不成立。で、返品はしないと、お店の袋だけもらってそれに入れさっそうと出る・・うーん、なんかやれそうかなとマジ思った。
「7人の侍」「黄金の7人」と同じく、窃盗団の各メンバーはハッキングやら、スリやら特殊技能を発揮。大好きアン・ハサウェイも出ていて楽しめた。
サンドラ姉さん演じたデビー・オーシャンが大ヒット作「オーシャンズ11」(01年)、「13」(07年)の主人公ダニー・オーシャンの妹の設定。姉さん女だらけの「8」が当たったので「9」を狙っていると。楽しみ。

2026年1月4日日曜日

ロバの耳通信「M8 エムエイト」「教場」

「M8 エムエイト」(04年 高嶋哲夫 集英社文庫)

高嶋のパニック物は面白い。これも首都直下地震が東京を襲うというストーリーを若い地震学者を主人公に据えて書いたのは良かった。かなり違和感があったのは首相や国会議員、東京都知事など為政者の動きだ。彼らが一介の若いポストドクターの青年に意見に耳を傾け、首都戒厳令など素早い対応をとることで被害を最小限に抑えるというカッコイイ物語になっている。
「日本沈没」(73年 小松左京 光文社カッパ・ノベルス)の時も多くの学者や官僚たちが頑張る姿が描かれた。こう書くしかなかったのだろうが。地震予知委員会の地震学者たちに嫌味をいうことで、すこしだけ留飲を下げているようにも見える高島の「M8」「国民への警告」という意味でも「為政者」の発奮を促すという意味でも全くの期待外れを感じた。若いポストドクターが為政者の誰にも相手にされず、起きてしまった首都直下地震に右往左往する日本中の大混乱を書いて欲しかった。首都直下地震はそれほど切羽詰まっていると感じているから。ワレワレはほんの少し前に、フクシマの時の為政者たちの右往左往や無策ぶりを経験したばかりだから、為政者のカッコよさを協調されても、なんだか空しい。


「教場」(15年 長岡弘樹 小学館文庫)

”落ち度があれば退校”という警察学校の物語。「教場」は警察学校の「クラス」のことらしい。裏表紙には”既視感ゼロの警察小説”とあり、全く知ることのなかった警察学校の物語なのに既視感ゼロとはどういうことかと、ソコにも興味があったが読んでみて得心した。優れた警察官を育てるということが理不尽さとの戦いであり、陰湿なイジメを凌いでくることで警察官が出来上がるのかと思うと、これも想像で言うのだが昔の軍隊のようだ。こうして選抜されてきた警察官だが、酒酔い運転や桃色奇行など不祥事が絶えることがないから、市井のワレラとの一体感も湧く。
既視感とは職務質問のイロハなどが、実際の経験はないものの映画やテレビドラマで見たことのある警察官そのものであり、興味深い。鬼教官が読者の共感を呼び続編も出てるらしい。面白そうだ。