2017年2月12日日曜日

ロバの耳通信「夢」

風邪のため、まる2日、布団の中にいた。

ビジネスマンだった頃、旅暮らしというか、ひとりでの出張が多く、週末に足(車)のないツーリストは空港の近くのホテルですごすことが多かった。目覚ましなしで起きて、「起こさないで」の札をドアノブに下げ、部屋履きにしているビーチサンダルにパジャマ替わりのトレーナーのままホテル内か近くのカフェで朝ご飯を食べ、またホテルの部屋に戻りダラダラとテレビを見たり、文庫本を読んだりして、眠くなったらまた寝て・・という生活。このところ体調が思わしくなくて、そういう昔の自堕落な日々が懐かしくて、想像してみたりしていたのだが、本当に風邪をひいてしまい、食事とトイレ以外は布団の中という週末を迎えることになってしまった。

夢を見ていた。

公園にひとがたくさんいる。強い日差しのもと、サンダル履きの足の下は頼りない砂だったから海岸かもしれない。とにかく、歩いている右側にはジャングルジムや砂場、ロバやキリンがいる。左前の方から、知り合いのフランス人(顔にも覚えはないし、なぜフランス人かもわからない。第一フランス人の知り合いなんて何人もいないのに)が手招きをして私の名前を呼んだので、そっちに行くと、数人の若いひとたちがいて、ペタンクのようなゲームをやっていて、一緒にやろうと。一列になって、野球のボールくらいの鉄球を交互に投げるゲームらしいが、ルールがわからない。件のフランス人が私をみんなに紹介してくれて、しばらく和気あいあいの雰囲気を楽しんだ。

遠くに芝生の丘があり、何かのオブジェ。フランス人の友人にそのオブジェを指さし、そこへ行ってくるからねと私は告げた。たくさんのひとが、勝手に大きな声で話しているから、通じたかどうか不安になってフランス人の顔を見たら、相変わらずニコニコしているから、私と彼は結構な仲良しらしい。いつの間にか脱いだサンダルの下に芝生の触感を足の裏に感じながら、ピカピカにひかるステンレスのオブジェを見あげ、青い空を感じたとき、ああ、これは夢だと気付き、覚めた。

カラダは日差しを浴びたように暖かく、空気は日なたのにおいがした。なんだかシアワセな気分だった、ひどい風邪のさなかなのに。

2017年2月5日日曜日

ロバの耳通信「森のなかの海」

「森のなかの海」(宮本輝 04年 光文社文庫)

図書館の文庫本の棚に上下が揃って並んでいたので手に取って表紙を眺め、すっかり気に入ってしまった。
幼い頃に読んだファーブル昆虫記の挿絵を彷彿させる紅葉の樹木とリス、きのこの精緻なイラスト(上巻。下巻は緑の葉を持つ樹木と、フクロウ、野草。カバーデザインは丸尾靖子)に魅せられてしまったのだ。

作品より先に表紙に惹かれて読み始めた本は多いが、予想に違わず本書も長編を一気に読むことができた。震災(阪神淡路地震)から逃れ、夫に裏切られた子連れの女性が震災孤児たちを引き取り、奥飛騨の森で暮らすいう物語。宮本のほかの作品と同じく、悪人よりずっと多くの優しい人々が出てくるから安心して読めた。なにより、夢のような「ありえない世界」にしばし、夢を見た。

ネットでの書評は芳しくなかったが、作品の訴えに対する感性や好みの違いではないか。「泥の河」「蛍川」(77,8年)のように人生の重みを哀しみや暗さで測って、自らのそれと比べ共感の快さに浸るのも悪くはないが、そればかりだと重みに萎える。

宮本のほかの作品と同じく、「読みがい」のある小説だった。主人公の口を借りて宮本が繰り返した震災の際の政治屋(政治家ではない)の対応への半端ない悪口雑言は私の感じていたところと相通じていたように思う。すべての震災が政治屋のせいだとは思わないが、福島や宮城の復興がままならないのは誰のせいなのだろうか。

トランプ米新大統領のゴリ押しが悩ましくも、うらやましい気がする。

2017年2月1日水曜日

ロバの耳通信「三千枚の金貨」「道頓堀川」

「私たちが好きだったこと」(宮本輝 98年 新潮文庫)を読んで以来、宮本輝がマイブームになってしまったようだ。

「三千枚の金貨」(10年 光文社)はあまり好みではない謎解きミステリーだったが、謎の核となっている芹沢由郎に気持ちが入り込んでしまった。文具会社のお偉いさんたちの、まるで人生そのものを語るようなゴルフ談義でページに物語が水増しされいて、その分味が薄くなってしまったが、三千枚の金貨の行方に、怪しげなケリをつけなかったことはよかった。

宮本の代表作のひとつ「道頓堀川」(81年 筑摩書房、読んだのは83年角川文庫版、続く新潮文庫版になって表紙デザインが好みではなくなったのが残念)まできて、気づいたのは読んだ3作とも、登場する女性がとても魅力的に描かれているということ。「私たちが・・」の不安神経症の柴田愛子と太っ腹美容師の荻野曜子、「三千枚の・・」ではバーのママの沙都、「道頓堀川」では主人公邦彦の周りに現れては消えてゆく多くの女性たち。それらの女性たちに会って話をしたり、妄想のなかでは情を交わしてみたい気がする。

しばらくは宮本輝を続けてみようと。「泥の河」「蛍川」が読みたいリストの上に来て、私を待っている、そんな気がしている。