2023年9月10日日曜日

ロバの耳通信「にぎやかな天地」

「にぎやかな天地」(12年 宮本輝 講談社文庫)

装丁の仕事をしている青年が日本の伝統的な発酵食品の豪華本を手掛けることになり、各地の職人を訪ねるうちに微生物にハマるという物語。宮本の得意とする「うん蓄」がここでも語られる。うん蓄そのものはにわか仕込みのところも感じられやや鼻につくが、多くの登場人物が魅力的に語られ飽きない。特に家族や友人たちとの会話はイキイキしていて愛情深い。宮本の病歴などを知っているから彼が困難な人生を経てきたことはわかるが、宮本が慈愛あふれた両親に育てられ、雑多で豊かな友情に囲まれて育ってきたことに疑いはない。<自伝小説「流転の海」(82年~)>

宮本の小説にハマることがいくつかあり、そのひとつが登場人物に語らせるセリフの奥行きの深さだ。「にぎやかな天地」では「勇気」について教えられた。”どんなに弱い人間のなかからでも勇気はでてくる。 その人のなかに眠っていたいたおもいもよらない凄い知恵と思いやる心が自然についてくる。困難に立ち向かうための勇気を出すには、自らを叱咤し、ひるむ心と闘って、自分の意志で、えいや!と満身に力を込める以外に、いかなる方法もない”(上巻p256)。普段から根性なしの暮らしをしていて、困難にあたるといつもメゲてしまい死んだふりをするか、いつも尻尾を巻いて逃げ出してしまう自分に、宮本の言葉を言い聞かせてはいるのだが。

0 件のコメント:

コメントを投稿