2023年7月30日日曜日

ロバの耳通信「出版禁止」「アトミック・ボックス」

「出版禁止」(17年 長江俊和 新潮文庫)

出版社に勤める男が心中事件を調べていくうちに、心中の片割れの女と関係を結んでしまい、ついにはその女と心中することになる。実際に起きた事件を追いかけるというドキュメンタリーという形式をとっているから、ノンフィクションのように思えたので、それらしい心中事件をググってみたが見つからない。書評やら読書ブログから、この心中事件の元のハナシを探したのだが、結局わからなかった。著者は映像作家というから、あちこちで起きた心中事件からハナシを組み合わせたものかもしれない。
L'ASSASSIN DE CAMUSという副題がついている、カミユの刺客。表紙も凝っているし、登場人物の名前はアナグラムになっているなど、著者の遊び満載。著者の遊びは読者が同調できたら、一緒に遊べるのだが。

「アトミック・ボックス」(17年 池澤夏樹 角川文庫)

500ページ弱、一瞬の息抜きなしで、ジェットコースターで駆け降りる感。エンターテインメント小説は、こうでなければ。
父が開発に携わっていた国産原爆”あさぼらけ”の秘密を、死にゆく父から受け継いだ娘が、警察に追われる。逃げ惑うのでなく、巨大権力を持つ追っ手のウラを欠いて泳ぎ、走り回る。トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」の世界だ。

”あさぼらけ”を必死で隠蔽しようとした国家権力は、ソレが北に流れ北朝鮮の核開発の成功のカギとなったことを認識していた、とまあ、社会性の高い話題をストーリーにしていて、追う、逃げるの説得力が増している。

こういう面白い本に出合うと、まだまだ読み足りないなと。

2023年7月20日木曜日

ロバの耳通信「復活祭」

「復活祭」(14年 馳星周 文芸春秋社)

小説はエンターテインメントでいいと思う。金、酒、暴力、ドラッグ。馳らしい小道具を揃えたのに、舞台とした「株式公開」にディテールもリアリティも全くなく、その上で繰り広げられる男と女の騙し合いがなんとも空々しいものとなってしまった。

本作の前編である「生誕祭」(03年)では舞台が「地上げ」で、欲だけに焦点を当てても連日の新聞報道で、身の回りで起きている実際の地上げがほぼ力づくだけで起きていたことを多くの読者は知っていたから、その舞台に納得しそこで繰り広げられる男と女の騙し合いに思い切り感情移入できたものだ。

「株式公開」を舞台にするには馳の勉強が足りなかったのではないか。中身のない会社で法外な価値を付けて公開はできないし、幹事証券会社を簡単に抱き込むことなどなどできはしない。そして、舞台は違えど夜の女たちの復習劇も2番煎じは飽きる。数多くの馳作品を読んできて「いままで、すべて」面白かったのに。うーん、「生誕祭」でやめておけばよかったのに。

2023年7月10日月曜日

ロバの耳通信「ザ・キング」「サスペクト 哀しき容疑者」

 「ザ・キング」(17年 韓)原題:The King

地方都市の不良アンチャンが親父を虐める検事の権力を見せつけられ、猛勉強して地方検事になった。財閥の息子の女子高生レイプ事件をもみ消す代わりに人脈を得、ソウル中央地検のエリート部長に見込まれ出世したが、上に行けば行くほど、政治家と結託して私腹を肥やしていることを知る。エリート部長に利用され使い捨てにされたことから、彼に仕返しすべく国会議員を目指す。大統領の交代のたびにスキャンダル情報を武器に有利な地位につこうとする検事、政治家、財閥はいかにも韓国らしいとも思うが、まあ、どこの国も同じか。

権力に憧れ出世の道を目指す主人公の青年検事テス役がチョ・インソンアンなのだが、エリート部長で検事総長まで上り詰めたガンシク役のチョン・ウソンのほうが断然格好良かった。高級ホテルのペントハウスでインド映画風にディスコダンスを踊ったり、高級レストランで上品にステーキを食べるシーンなんか、エリート臭さいっぱいで、最高で気に入った。チョン・ウソンの作品を調べてみたら「神の一手」(15年)、「アシュラ」(17年)、「藁にもすがる獣たち」(21年)などなど見てない作品がいっぱい。楽しみだなー。

「サスペクト 哀しき容疑者」(13年 韓)原題:용의자

北朝鮮特殊部隊の元工作員チ・ドンチョル(コン・ユ)が妻子を殺し韓国に逃げ込んだ犯人を追うという単純なスジだが、彼を支援する脱北者の重鎮やら、対北情報局室長、韓国防諜部大佐が絡んできて三つ巴のアクションに仕上げている。コン・ユのファンだから、また見てしまった。とにかく何回目かの視聴だが、なぜか飽きていない。

ガマンして耐えに耐えた不遇の主人公が最後に爆発して悪に報いるというストーリーは日本のヤクザ映画のソレと同じで、日韓の血が同じ源流にあることを感じさせる作品。ワタシは健さんや文太アニイの昔のヤクザ映画が好きなのだ。