2017年1月29日日曜日

ロバの耳通信「ちいさな怪物 キム・セロン」


 「私の少女」(14年 韓国)児童虐待、LGBT、不法滞在、地方の労働者不足、アル中など韓国社会が自ら認識しつつも、根本的な解決策が打ててないを映画の中で強く「意識」させている。ハリウッド作品とは異なり、娯楽に終わらせていない。面白くて時間を忘れる、なんてことはなく、深淵を覗いてしまう。こわごわの奥はいつも暗闇。

「私の少女」の主役はいつも暗い顔のペ・ドゥナだが、際立って存在感のあるのが、もっと暗い顔の子役キム・セロン。村の警察所長ヨンナム(ペ・ドゥ)の部下が少女ドヒ(キム・セロン)を「ちいさな怪物」と。ネタバレになるので書かないが、ドヒはまさに怪物なのだ。タイトルバックとともに流れる歌がいい。浸みる。

孤児院における養子という児童売買を扱った「冬の小鳥」(09年 韓国)、臓器売買や麻薬を題材とした「アジョシ」(10年 韓国)。どれも幼いキム・セロンが暗い表情で暴力の嵐の中に立っていた。

2017年1月23日月曜日

ロバの耳通信「水のかたち」

「水のかたち」(宮本輝 12年集英社)

上下巻の上の100ページほどまで読んで、退屈さに中断していたから、他の本と一緒に図書館に返却するつもりでいたが、カミさんが自分も読む予定だからと。それならと、枕元に積んで少しづつ読み進めていて、下巻に入ったら俄然面白くなってあとは一気呵成に読んでしまった。ふう、途中で返却せず良かった。

普通、といっても働き者の夫とグレていないふたりの子を持つ、まあ、めぐまれた主婦志乃子が骨董を手に入れてからの謎解きミステリーのような物語。

「水のかたち」という題名がピッタリの志乃子とその周囲の人々の縁(えにし)の物語は、出来すぎ感はあるもののイヤ味がなくズンズン進む。

濃密な人間関係が嫌で仙人のような、否、オタク生活をしている私にはうらやましいより、むしろ「よくやるなー」とあきれるほどの志乃子の豊かな人間関係とフットワークだ。うんうん、経済的な心配はもとより、病気や家族やその他もろもろの心配事がなく、骨董などとひとり相撲を取っていられる有閑夫人の駄話ではないかと、正直僻んでみたりもする。

骨董だけでなくジャズや洋酒、糖尿病、コーヒーについての蘊蓄はウザイけれども楽しい。

昨年末以降、まだ何冊目かにしかならない宮本輝の作品ではあるがいろいろなシーンを見せてくれている。当分飽きそうにない・・な。

2017年1月13日金曜日

ロバの耳通信「左岸」


「左岸」(江國香織 08年集英社)

「右岸」(辻仁成 12年集英社文庫)に次いで、コラボ小説の片割れの「左岸」を。

「右岸」でストーリと登場人物を知っていたせいか、すんなり入って行けたかわりに「右岸」の次はどうなるのドキドキの期待感はなかった。「左岸」では女主人公茉莉の半生にスポットがあたっていいて、東京生まれの江國に、九州オンナをこうステレオタイプに描かれてしまったかと、悔しくなるくらいうまく描かれている。

「右岸」の九の哀しさは「左岸」の茉莉の逞しさと対比されよう。とにかく、「左岸」も、苦しくなるくらい切ないラブストーリーが博多弁で語られるのが、浸みた。

過去を拭いされず、ふとした瞬間に、失ったものたちのことを思い出し、壊れそうになります。”(「左岸」p544)とあった。自分もいつか、死んでしまうのであろうがこうして誰かの記憶の中に生きていけるとしたら、いいと思う。

若い頃は、何もない死後の世界が怖くて近寄ることも出来なかった。中年になって三途の河の手前で引き返したときは、家族や住宅ローンや、ほんの少しだけれど仕掛り中の仕事が気になっていて、これらを投げ出さずに済んだことに救急病院のベッドでホッとしたものだった。

「これまで」より、「これから」がずっと短くなって、やりたいこともあまりなくなった今、なにかあっても、誰かの記憶の中にしばらく残るならまあ、いいか、と。弱気になっているのは体調が良くないせいか、続く寒さのせいか。

2017年1月9日月曜日

ロバの耳通信「パラレルワールド・ラブストーリー」

「パラレルワールド・ラブストーリー」(東野圭吾 98年 講談社文庫)

「序章」の並行する田端/品川間の山手線と京浜東北線の電車のドア越しにいつもの女性を意識するというクダリが一番良くて、ひとりの女性を挟んで親友同士が葛藤するという物語は文学の永遠のテーマでありながら東野らしい心理描写で共感。恋愛小説として読めば楽しめるが、オチまでのストーリー展開があまりに奇抜で、読み終わったときの未消化感は否めず。読書ブログでの謎解きまである本だが、指を挟んで読み直しても、結局アレとコレはどうだったのとギモンだけが残った。ツクリモノへのギモンを本気で片付ける気もなれず。

講談社文庫は活字と空白のバランスが良くて好き。





たまたま手に取った雑誌「オール読物11月号」のダイ6回新人賞作品「ひどい句点」(佐々木愛)首都高は裸足でなければ運転できないという男に惹かれた若い女、「姉といもうと」(嶋津 輝)家事が好きで家政婦になった姉とラブホテル勤務の指なしの妹のなんと魅力的なことか。新人賞というワタシの偏見(まあ、シロウトにケが生えたくらいだろう・・)は足元からひっくり返され、横っ面をひっぱたかれた。このところハマっている文藝春秋社恐るべし。ベストセラー作家偏重を改めなければ・・(反省)

2017年1月5日木曜日

ロバの耳通信 「右岸」

「右岸」(辻仁成 12年集英社文庫)

辻仁成の著作では「冷静と情熱のあいだ Blu」(99年角川書店)以来。「冷静と・・」は江國香織とのコラボでベストセラーになり映画化もされたが、イタリアを舞台にしたスカした舞台設定がハナについて小説も映画も好きになれなかったが、真新しい「右岸」が年の暮れの図書館で上下揃ってワタシを待ってくれていたような、そんな気がしたので思わず手に取ってしまった。結果は「当たり」。

近年は涙腺が緩くなってちょっと感動すると鼻がグスグスになってしまうのだが、祖父江九という超能力者の一生という荒唐無稽な物語ながらスピリチュアルな世界にすっかり感動してしまった。

主人公の周りの次々の死や、何かに生かされていると感じる主人公の思いに強く共感するところが多かったのは、自分もそういう歳になったせいなのかもしれない。「左岸」(江國香織 08年集英社)が祖父江九の幼馴染みの茉莉から書いた作品らしいので、これも読んでみたい。こうして読みたい本のリストがまた長くなっている・・。