2017年4月26日水曜日

ロバの耳通信「比ぶ者なき」

「比ぶ者なき」(馳星周 16年 中央公論社)

馳といえば「不夜城」(98年 角川文庫)、「夜光虫」(01年 同)、「漂流街」(00年 徳間文庫)からスタートして、ハードボイルドファンとしては新刊が出たら読まずにはいられない作家のひとり。

この「比ぶ者なき」は過去の作品と違い、飛鳥時代(西暦600-700年頃)の官僚であった藤原不比等(ふじわらのふひと)が知恵と謀略を巡らし、相続問題で悩んでいた当時の天皇たちに取り入り、自らをブレインとして売り込むことで出世し藤原氏の祖を作るというノワール物語である。史実との差異はあろうがこの時代のこと、何が事実で何が虚実かを検証するより、これを壮大なエンターテインメントに仕上げた馳の作家力を感じる作品。

ページの始めに登場人物系図があり、歴史で名前だけでも知ってる人が殆んどいなく、名前だってちゃんと読めないから、これは難解かもと覚悟して読み始めたら、そこは馳作品のいつもらしくグイグイと引き寄せられ、いつの間にかハマってしまい、ワクワク感にページをめくるもどかしさに寝食を疎かにし、一気に読み上げた。

天皇の扱いや日本書記の編纂については天皇学者やら歴史学者から異論も出たに「ちがいない」のだが、ノンフィクション風の映画の先頭に現れる「これはフィクションです」と書く必要のないのがなんともウレシイ小説本なのである。薦めたい一冊。

2017年4月19日水曜日

ロバの耳通信「エレクトリック・ミスト」



「エレクトリック・ミスト 霧の捜査線」(09年 米)ベストセラー作家で私の好きなジェームズ・リー・バークの同名の小説(97年 角川文庫)をトミー・リー・ジョーンズ主演で映画化したもの。霧の中から出てくる南北戦争の将軍がなんとも、良くて映画でもうまく使われていた。監督も配役も一流で固めた映画なのだが、吹替え版しかなくて、トミーに似合わない声優の一本調子のセリフが映画をかなり台無しにしていたが、舞台となるニューオリンズの湿地帯や寂れた町、低い調子の音楽など、リ・バークの世界が楽しめた。


映画の楽しみは、胸に訴える何かを感じて浸れるものと、ドキドキハラハラの冒険活劇やナゾ解きなどのそれとどちらかだと思う。エレクトリック・ミストは前者、以下紹介するリー・チャイルドのジャック・リーチャーシリーズやトム・クランシーのジャックライアンシリーズは後者だと思う。チャイルドもクランシーも私の好きな作家でほとんど読んでいると思っているが、映画は映画の面白さがあり、スジがわかっていても十分楽しめる。


チャイルド原作の映画では「アウトロー」(12年 米)、「ネバー・ゴー・バック」(16年 米)、クランシーではジャック・ライアンシリーズの良いこと取り映画「エージェント・ライアン」(14年 米)が面白かった。海兵隊からリクルートされたばかりのライアンを演じたクリス・パインがシロウト臭くて、ライアン役の過去の3人(アレック・ボールドウィン、ハリソン・フォード、ベン・アフレック)のクロート臭さと比べとても良かった。


2017年4月12日水曜日

ロバの耳通信「沈黙 Silence」

「沈黙 Silence」(16年 米)

始まりのタイトルも終わりのタイトルバックの出し方もいい。監督はスコセッシだから衒わず、残酷なシーンも丁寧にというより淡々とさえ思えるし、撮影(撮影監督ロドリゴ・プリエト)のすばらしさは、海岸や山を良くとっているが、主役(「アメイジングスパイダーマン」(12年、14年 米)のアンドリュー・ガーフィルド)にスポットが当たっていない。配役に失敗したのだろうか、主題は困難さの中で神を信じ切った宣教師と迫害された隠れキリシタンの哀しみなのだが、もっと深い「何か」が伝わってこない。

同名の原作(遠藤周作 81年 新潮文庫)を読んだ際も、もう一歩奥にジブンを持って行けない気持ちになった覚えがあるから、原作を大切にするスコセッシがあえてそうしたのかもしれない。効果音楽はほとんど気にならないくらいだし、深淵なところをそのままにして、カネ目当てのエセ宗教のように勝手な解釈で弱者を混沌に引きずりこもうとしていないのは好感が持てるが、スコセッシの映画だからこそ踏み込んでほしいところでもあった。

原作では踏み絵を踏むことを選んだ神父の描き方などで、67年の初版以降、遠藤は世界中のキリスト教関係者の非難を浴びたが、この映画についてはどうだったのだろうか。

窪塚洋介が演じきった何度も転びながらも信仰を捨てきれないキチジロー、キリシタンを迫害する筑後守のイッセー尾形、通辞の浅野忠信ほか多くの日本俳優のハマり具合は秀逸。wiki によれば同名の邦画(71年 篠田正浩)があるらしい。配役をチェックしたらマコ岩松のキチジロー、岡田英次の筑後守、戸浦六宏の通辞と皆鬼籍にはいっているが、当時これ以上のステレオタイプの配役も考えられない。こちらも見たくなった。
うむ、近いうちに。

2017年4月8日土曜日

ロバの耳通信「グレートウォール」

「グレートウォール」(16年 中・米)

「赤いコーリャン」(87年)以降、ずっとファンのチャン・イーモウが監督で、主演がマット・ディモン。万里の長城を題材にした映画ということと、香港のアンディ・ラウが出ているということで大歴史ストーリーに期待し楽しみにしていたこの作品、60年ごとに人を襲うというバケモノと万里の長城の守備隊との闘いという荒唐無稽の物語だが、CGが良くできていて、中国映画らしい人情活劇も楽しんだ。裏切りやら色恋沙汰ヌキの冒険活劇はストレス発散にちょうどいい。

チャン・イーモウは少し書きたい。「菊豆」(90年)、「初恋のきた道」(99年)、「HERO」(02年)、「LOVERS」(04年)の4作を薦めたい。特に「初恋の・・」は情感あふれるラブストーリーでこういうのにいたって弱いワタシは何度も見て、そしていつも泣いた。

2017年4月7日金曜日

ロバの耳通信「本当の花を見せにきた」

「本当の花を見せにきた」(桜庭一樹 14年 文藝春秋)

バンブーというドラキュラみたいな妖精とヒトとの出会いと別れの物語。バンブーはドラキュラとは違って、ヒトよりずっと長いがそれなりに寿命があり彼らの厳しい掟の中で生きているて、その掟のひとつが、ヒトとは暮らせないというもの。バンブーとヒトの交流は、越えられない壁があるから、友情や恋愛がもどかしく、儚い。だから物語が哀しい。桜庭一樹の著作では「赤朽葉家の伝説」 (創元推理文庫)、「私の男」 (文春文庫)、「私の男」 (文春文庫)などと、”当たり”が多かったが、血生臭さに惹かれる私の性質(たち)なのか。

いろいろな方のマジメな書評が読んで楽しい「読書メーター」https://elk.bookmeter.com/というサイトで桜庭一樹のおすすめ本のベスト5のトップに、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet」があった。ティーンズ向けらしいが、「読書メーター」のおすすめは外れたことがないから、読んでみたい。うむ、読みたい本のリストがますます長くなっている。