「終末のフール」 (09年 伊坂幸太郎 集英社文庫)
あと3年後に小惑星の衝突で地球が滅亡する。うん、正確には8年後に地球が滅亡すると分かって5年後の世界。市井の人々がそれを受け入れ、あるいは受け入れないままに暮らしを続けるという物語。なんだか、ありえない話のようではあるが、よく考えてみると余命〇年と宣告されたガン患者と似ている。ちがうところは、あるタイミングでみんな一緒に死ぬ、片や自分だけが死ぬ。そうか、似てはいてもこれはゼンゼンちがうのか。
8連作のトップの「週末のフール」は中年夫婦と事故死した長男、家を出た娘のわだかまり。馬鹿としか表現することを知らない不器用な夫の哀しみが伝わってくる。「太陽のシール」では長く子供ができなかった夫婦に妻の妊娠がわかり生むかどうかを悩む。「冬眠のガール」は亡くなった父の蔵書2千冊を4年間かけて読み終えた元女子高生が新たな人生の目標を決める話、とかどれもジンワリ愛が伝わるいい話。伊坂幸太郎らしく、哀しい物語にもホッとできる癒し。すごく面白い本じゃないけれど、ほかの作品も読んでみたい、と、前にどこかに書いたか。
「愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない」(17年 伊集院静 集英社文庫)
自伝小説だという。伊集院の文章は週刊誌の人生相談みたいなところで見かけるだけだったから小説は初めて。故夏目雅子のダンナというぐらいの知識しかなかった。イーカッコシーというのだろうか、ハードボイルドの主人公を意識してなんだか気取ったユウジ。競輪記者のエイジ、芸能プロ社長の三村、編集者小暮らとの交流を淡々と描いている。
登場する男たちは皆死んでしまい、女たちはみんな哀しい。やるせなくて、哀しくて途中で何度も放り出しそうになった。暗いのはもういいかと。主人公のユウジはいいよ、周りをすべて上から目線で見ながら「愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない」と勝手に淋しがっていればいいから。
”人の不幸は蜜の味”と言う。ユウジの周りの人々の哀しみを自分に置き換えたりして、ああ、自分はこんなに不幸じゃないんだと思う。ワタシは人の不幸を笑うこともないし、こんなに淋しくはない。
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