2020年5月28日木曜日

ロバの耳通信「アルゼンチンババア」「五年の梅」

「アルゼンチンババア」(06年 よしもとばなな 幻冬舎)

表紙を見ただけで、あ、これはいけないと。涙の予感だ。奈良美智のイラストの少女の顔がいままで読んだよしもとの何冊かを思い出し、それだけで泣きそうになった。最後まで読んで、奈良美智の挿絵が映画のエンドロールのように現れ、「名もなく貧しく美しく」(61年 邦画)を見終わって暗い映画館で大泣きしたことまで思い出した。

「アルゼンチンババア」には、どのページにもよしもとの「死の予感」が描かれていて、ミシリミシリと薄氷を踏みながら恐々歩く感じだ。そのくせ、どこも優しかった。映画化(同名 07年 邦画)もされているのだが、配役がイケナかった。映画にしないほうがいい作品もあると思う。哀しくて優しいよしもとの本の思い出をそのままにしておきたくて、映画は半分も見ないうちにやめてしまった。

「五年の梅」(03年 乙川優三郎 新潮文庫)

乙川の作品では先に「椿山」(01年 文春文庫)を読んですっかり惚れ込み、山本周五郎賞を受けたという本作にたどり着いた。

5編の短編を収めた本書では、「五年の梅」が突出してよかったのだが、それでも「椿山」のときの感動はなかった。ほかの4短編も含め、物語はよくできているものの、心情の描写が浅い感じがした。物語のスジや結末を纏めることに作者が急ぎ、乙川が持っている、待つとか過ぎるとかいう忘れられない「間(ま)」の哀しさが描けていない。
時間の流れがいつも平穏や静けさにつながるわけでもないが、良い物語を描こうと急ぎ過ぎた作品に魅力を感じない。特に、「五年の梅」の目の不自由な娘との交流はホッとさせるものもあるが、ここでは急いでハッピーエンドにするより、叶えられない思いを引き摺ったままのほうが良かったかと。作家が頭の中で書いた絵空事で読者の心を掴もうとするならば幸せの共感より、哀しさの深みのほうが心を打つと思うから。

2020年5月23日土曜日

ロバの耳通信「ザ・アウトロー」「ザ・スクワッド」「ザ・ドメスティックス」

「ザ・アウトロー」(18年 米)原題:Den of Thieves

重犯罪特捜隊長(ジェラルド・バトラー)と銀行強盗団のリーダー(パブロ・シュレイバー)のキャラが際立っていてメッチャ面白かった。ラスト近くの対決の銃撃戦は見所だが、ラストで銀行強盗団のリーダーを操っていたボスキャラが明かされたときは、あまりの意外さに唸ってしまった。あまりに面白い映画だと、ああだこうだの感想が出てこない。唸るだけ。

よく似た邦題のトム・クルーズの主演「アウトロー」(Jack Reacher 12米)の痛快さも好きだが、「ザ・アウトロー」の強面刑事ジェラルド・バトラーが妻との離婚と娘との離別に、車の中で男泣きする人間臭ささは、ずっとココロに刺さった。

「ザ・スクワッド」(15年 仏・英)原題:Antigang

パリ警視庁特殊捜査チームリーダーの刑事を演じているジャン・レノがノワールの影を残していい味。”いつもの”復讐劇。今回は、チームの女刑事(イタリアのボンド女優カテリーナ・ムリーノ「007 カジノ・ロワイヤル」(06年)>の色っぽさには脱帽)を殺され、フランス映画らしくないドンパチで大暴れ。防弾チョッキの上からではあるが、近距離から直撃弾を何発も食らってもピンピンしてるなんて考えられないほどのバカバカしさだが、ヒーローは死なないから安心して見れた。

不死身のジャン・レノもこの映画では60をとっくに超えガニマタ歩きの足元は弱っている様子だが、昨年はパチンコ屋さんのテレビCMにも出ていてまだまだいけそう。

「ザ・ドメスティックス」(18年 米)原題:The Domestics

原題の意味不明。こじつけではあるが、domestic,n は召使で複数形になっているからなにかそういう意味かとも思うがよくわからない。>B1爆撃機<だから政府によるものか>で散布された細菌でアメリカ全土のほとんどの人が死に絶えてしまう。<なぜ、そうなったかというのも、全くわからないままに映画が始まった

離婚調停中の夫婦が、生き残ったギャング団と戦いながら妻の実家のあるミルウォーキーに向かうという物語。ギャング団と夫婦たちの銃撃戦が見もの。ただのドンパチだが、人肉を食わされるわ、性ドレイにされそうになるわ、散弾銃で頭は吹っ飛ばされるわのバイオレンスとグロ満載。アメリカ映画らしいといえばそのとおりだが、ちょっとひどすぎないか。

2020年5月15日金曜日

ロバの耳通信「82年生まれ、キム・ジヨン」「嫁の遺言」「ナイト&シャドウ」

「82年生まれ、キム・ジヨン」(18年 チョ、ナムジュ 斎藤真理子訳 筑摩書房)

韓国のフェミニズムをテーマにしたドキュメント風小説。妻が突然に幽体離脱話法(まあ、多重人格の様子)を始め、夫がうろたえるという出だしから話に引き込まれ、韓国女性のキム・ジョンがいかに男性と差別されてきたかが延々と語られる。韓国「も」日本と変わらないな、という気持ちと、これなら日本の女性のほうがずっと甘やかされているなとも。
いずれにせよ、男側に耳の痛さやうしろめたさを感じさせるには十分。それともうひとつ、女性大統領が生まれた韓国でさえそうなんだから、女性差別はもとより嫌韓も解決される兆しも見えない日本も、あるいはもっと女性差別の酷いイスラム諸国も、加えて黒人差別が全く改善されない欧米特にアメリカ、カースト制を依然解決できていないインドなどなど、この「差別」は、ずっと変わらないような気がする、人間の本質だから。

「82年生まれ、キム・ジヨン」の主人公はナンダカンダ言っても、小金持ちの家に生まれ、大学にを卒業、無事就職、寿退社で優しいダンナと子供に恵まれているのだ。どこの国でも、こんなの不幸せって言わないだろう。名門梨花女子大卒の放送作家の創作読んで、共感したのはどんな人達なのだろう。

「嫁の遺言」(13年 加藤元 講談社文庫)


初めて接する著者で裏表紙にあった”人間がいっそう愛おしく思えてくる珠玉短編集”とあり、期待して読み進めたが7短編の巻頭「嫁の遺言」がまあ、ほかよりは良かったかな、くらい。著者によるあとがきで、大人向けの「おとぎ話」が書きたかったと、ああ、そうなんだ著者にも「おとぎ話」(ワタシのイメージでは、作り話)の意識があったのか。うん、この作家、次回はパスだな。裏表紙の釣りに騙された気分。

「ナイト&シャドウ」(15年 柳広司 講談社文庫)

初めて柳を読んだ「キング&クイーン」(12年 講談社文庫)が「ちょっと」面白い人物設定だったから、同じSPシリーズの本作を読んだのだが、作り過ぎのミステリーというのだろうか、最後までついてゆけなかった。先読みのできる日本の凄腕SP(セキュリティーポリス)がアメリカのシークレットサービスで研修中、先輩シークレットサービスと協力し要人暗殺のテロを阻止するというスジなんだが、「レッドブル」(88年 米)のモスクワ市警刑事(アーノルド・シュワルツェネッガー)とシカゴ市警の部長刑事(ジェームズ・ベルーシ)の面白コンビを思い出した。
アメリカ大統領とシークレットサービスの関係など、雑学知識は増えたが、柳光司のSPシリーズはもういいかなー。

2020年5月10日日曜日

ロバの耳通信「虐殺器官」

「虐殺器官」(10年 伊藤計劃 ハヤカワ文庫)

何度この本を買ったことか。挫折しては、友人にあげたり、本棚の整理の際に捨ててしまったり。コロナ騒ぎで、図書館もBook Offも使えず、近年は新本を買うこともほとんどなくなっていたから、本棚はみるみるスキマだらけ。富にある電子書籍も旧式のタブレットでは読む気にもなれない。で、また「虐殺器官」に何度か目のチャレンジ。

高いハードルだった書き出しを過ぎてしまうと、一気に読み進んだ。手許にある「虐殺器官」は7刷(10)年。初刊は07年というから、書かれてから10年をとっくに過ぎているのだが、書かれている世界は最新のIT本にも引けをとらない。面白さに一気に読んでしまい、味わうヒマもなかったから、落ち着いて再読することにした。

物語は米の情報軍に所属するクラヴィス・シェパード大尉が、テロリストと戦うというだけの話なのだが同僚や敵と交わす会話が啓示的で深みがある。インテリジェンスにあふれるそれらを反芻しながら読み進める楽しさにハマった。

映画にしたら面白いだろうと、wikiをチェックしたら米国や韓国で実写版で映画化が検討されている(16年)との書き込みがあったが、反米思想たっぷりだから米国での映画化は無理だろう。韓国に期待するしかないか。

タイ語字幕付きの劇場版アニメ(邦画)をYoutubeで見ることができたが、ゼンゼンつまらなかった。インテリジェンスあふれる会話をじっくり楽しむには手抜きだらけの脚本で作られたストリーミング動画は似合わないし、主語が自分か他人でかなり違った定義になる思想や概念みたいなものを、ヤングアダルト向けのアニメで表現することの難しさを想像してしまった。オトナの小説ですよ、これは。

<追記>本文を読み終えて体の力が抜けてしまって、飛ばしてしまっていた大森望(翻訳家)による解説文があり、伊藤の母親が息子の臨終の様子を少し書いている。死ぬ前に大好きなカレーを少し食べた話、泣いてしまった。もう、伊藤計劃の本が読めないのが悲しい。悔しい。2020/05/10

2020年5月4日月曜日

ロバの耳通信「ザ・ハント」「バレット・ライン」

「ザ・ハント(原題)」(20年 米)The Hunt

エリートが自分たちをSNSや動画サイトでネタにした人々を攫ってきてアーカンソーの山の中に連れてゆき、”人間狩り”を仕掛けたが、攫ってきたひとりが人違いで、元軍人のバリバリ女。結局、逆襲されてエリートたちが皆やられてしまう。

”人間狩り”だけを見れば、”よくあるストーリー”なのだが、この狩られる方の元軍人がメッチャ強い。殺人シーンはグロいが、カラっとして痛快感さえ覚えるのは、ちりばめられたウイットとジョークか。

この作品、昨19年秋に公開予定だったのが、米の銃乱射事件の多発で今20年3月に延期されたとあった。米のアクション映画に銃はつきものだから、別にの理由があったのかとワタシは勘ぐっている。例えばこの映画の金持ちエリートが誰かエライ人を揶揄したものがバレそうになったとか。

いずれにせよ、暴力とグロシーン満載だからR指定は間違いないところだろうが、スピード感があり音楽とのマッチングも最高で、少なくとも今年見た映画の中では掛け値なく一番面白かった。ただ、メジャーな役者もほとんど出ていないから日本公開ナシかも。

「バレット・ライン」(10年 米)原題:Across the line:The exodus of Charlie Wright

邦題のバレット・ラインは本来、弾道予測線の意味だがうーん。原題の EXODUS(退去)は、エンディングで意味ある言葉に。
ガンにより余命数カ月と知った男Charlie Wright(エイダン・クイン)は投資詐欺で大金をせしめメキシコに逃亡。その金を狙って現地のギャングやロシアンマフィア、詐欺事件を追うFBIが三つ巴で交錯。借金に首がまわらない現地ギャングの親玉にアンディ・ガルシア、追われる男が情を交わす現地の女は目じりの皺を隠すための高級化粧品を手放せない。FBIの捜査員は詐欺犯を逃がしてしまったことで立場がなくなっているし、ロシアンマフィアは詐欺事件がFBIに明らかされ悪事がバレることを恐れ男を殺そうとするなど、サブストーリーは満載だが、その分メインストーリーの影が薄くなっている。
オープニングの音楽や警句、サブストーリーのまとまりのなさなど、監督・脚本のエリス・フレイザーの気合が強すぎ空回りしている感もあるものの、アンディ・ガルシアが失敗続きの弟を厭うことなく気遣うところや、挿入ギター曲の使いどころなど、いい映画だった。動画サイトで偶然出会った映画だが、出会えて良かったとシミジミ。

2020年5月2日土曜日

ロバの耳通信「斬、」「蛇のひと」

「斬、」(18年 邦画)


こういう作品を見ると、日本映画も捨てたものではないと心底思う。江戸時代末期、農家の手伝いをしながら江戸へ上る機会を伺う若い浪人(池松壮亮)は手練れながら、人を切ることができない。その池松を慕う農民の娘役が蒼井優。若い浪人を京に誘う剣豪役が塚本晋也。自らが監督、脚本なども兼ねているこの作品でも凄い存在感。スコセッシ監督の「沈黙 -サイレンス- 」(16年 米)のモキチ役にも通じる存在感だ。塚本を語りだすと、自分でもコントロールできなくなるからやめる。「ラストサムライ」(03年 米)でトム・クルーズを慕う飛源少年を演じ映画デビューした池松壮亮は、「斬、」でもまっすぐな眼をした武士をスクリーンいっぱいに演じている。男たちの意地の張り合いに、叫ぶことしかできなくなった蒼井の咆哮で映画が終わる。音楽も効果もハリウッドを凌ぐ一級の作品。

「蛇のひと」(10年 邦画)

蛇が何より嫌いだから、蛇という名のあらゆるものも遠ざけていて、この映画の題目を見て、あー、途中で蛇がチラッとでもでるとイヤだなーと思いつつ、面白くて最後まで見てしまった。最後まで、ワンカットの蛇も出なかったのは、僥倖。
「いいひと」を演じた西島秀俊が怪しげな大阪弁だが、実にいい味を出していたし、失踪した「いいひと」を探す部下役も永作博美も役にはまっていた。西島課長が残業している永作に「夜、口笛を吹くと、蛇がでるぞ」と脅かすシーンなんか、表情を顔に出さない西島にピッタリ。さらに、西島の少年時代をやった子役の出来が最高。日本にはこんなにうまい役者がたくさんいたのかと、再認識するほどの多くの役者が、それぞれピッタリの役。脚本も良くて、きっとすごい原作があるのだろうと調べてみたら、「WOWOWシナリオ大賞」受賞作品(09年 三好晶子)だと。