2021年7月26日月曜日

ロバの耳通信「愚行録」

 「愚行録」(17年 邦画)

同名の原作は貫井徳郎の小説(06年 東京創元社)。迷宮入りした一家惨殺事件を取材していた雑誌記者(妻夫木聡)の犯人探しのミステリー。なにより登場人物みんなが市井の人々の感覚からズレていて、例えば一貫校の有名大学の学友たちの虚栄と差別意識は、貧しい家から公立学校へ進み、大学に通う事さえ夢のようだったワタシの青春時代と比べると想像の外。美男美女、上流家庭出身の理想と思われていた夫婦のウラ側を暴いたときに意外な犯人にたどり着く。

この映画の見どころはキャスティングじゃないか。女子大生たちは皆キレイで毒々しい。卒業し、妻や母になっても棘をもったまま。女子大生に限らず、カフェの女主人も弁護士も、とにかく女優たちは皆、その役にピッタリ嵌っている。特に、記者の妹役(満島ひかり)ー育児放棄で逮捕されるー演技がすごい。素(す)もこうなんじゃないかと思えるくらいの出来。精神を病んだような妹が、拘置所に面会にきた兄を慕うシーンや、精神科医のところで一家殺しを独白するラストは、ああ、ここがこの映画の見せ場かとひとりごちた。この映画、新藤兼人賞 銀賞(17年度)ほかいくつか賞を獲ったと。納得の出来。ちょっと書けないような酷いストーリーもあるのだが、突然モノトーンの手が蛇のように絡みあうなど啓示的なシーンなどは最高のカメラワーク(撮影監督ピオトル・ニエミイスキ)や最高の音楽(大間々昂)と相まってまるで日本伝統の怪談映画のインパクト。楽しい作品ではなかったが、考えさせられたいい作品だった。

コロナ騒ぎのせいで、家でネット動画を見る機会が増えた。普段見ることの少ない邦画の山からもこういういい作品を見つけると、不謹慎ながら嬉しくなる。

2021年7月22日木曜日

ロバの耳通信「私たちは生きているのか?」「鉄のライオン」「ビット・トレーダー」

「私たちは生きているのか?」(17年 森博嗣 講談社タイガ)

アフリカの南端にあるという”行ったが最後、誰も戻ってこない富の谷”への旅行記。そこ
は、ウォーカロンという人工細胞で作られた生命体が自活している谷だった。裏表紙のツリには”知性が提示する実存の物語”と、難しい書き方がされており、書評にも哲学やら暗喩やら、普通の小説じゃないような書き方をされていたが、ワタシには幼い頃から親しんできたSFや冒険物語のワクワクの面白さで、児童文学の懐かしささえ感じて楽しく読んだ。
森博嗣の代表作が「すべてがFになる」(96年 講談社文庫)だと、いつか読んでもいいかな。

「鉄のライオン」(11年 重松清 光文社文庫)

二次(「ブルーベリー」08年 光文社)の改題だと。なんだか読んだ気がしていたが、そうだったかと思いつつもさほど悔しくもなく、また読んだ。
81年、田舎町から東京にきた”僕”の青春物語は、ちょうどその10年前にさらにずっと田舎から出てきて横浜に住んだワタシの青春時代に重なる。”僕”は大学生で女友達がいて酒場に通い、自由な暮らし。ワタシは社会人一年生で、工場と独身寮の往復に疲れて果てていたけれど、いまから思えば”僕”と同じく、ひとりを楽しんでいたのかもしれない。「鉄のライオン」で遠くなった青春時代を思い出し、甘酸っぱさを反芻。重松の本って、そうやって懐かしんで読むのがいい。

「ビット・トレーダー」(10年 樹林伸 幻冬舎)

鉄道事故で失った息子の慰謝料をデイトレードに突っ込んで大儲けする男の物語。600ページ弱の半分くらいが、株の売買の話で、緊迫感は伝わって面白かったがこの作家の唯一の失敗はこの小説をハッピーエンドで締めたこと。息子を鉄道事故で失うという悲劇から始まった物語がからあとは、資金繰りですこしハラハラさせられる部分もあったものの、デイトレーディングで大儲けしてポルシェは手に入れるは、キャバクラの女をマンションに囲うは、でサクセス・ストーリーから外れない。娘の非行や、妻の浮気やら事件もおきるが、大儲けして娘や妻とも仲直りのハッピーエンド。おいおい、幻冬舎の本でそれはないぜと。
少なくともワタシは、小説の中でなら人の不幸を思い切り楽しみたいほう。だから、デイトレードで大負けし、車も家も女も手放し、家族との関係もズタズタに、というエンディングにしてほしかった。ヒトのうまくいった金儲けの話なんか、けったくそ悪いだけ。
樹林伸は初めての作家だったけれど、文章はうまいしエンターテインメント要素もいっぱいなストーリー展開も申し分ない。もともとはなどメガヒット漫画の原作者だと。そうか、そうか別の作品もぜひ読んでみたい。
「金田一少年の事件簿」

2021年7月17日土曜日

ロバの耳通信 「唐人街探偵 東京MISSION」「トランセンデンス」

 「唐人街探偵 東京MISSION」(21年 中国)原題:唐人街探案3

久しぶりのピカピカの新作。現在日本国内で公開中。中国国内でヒットした「僕はチャイナタウンの名探偵」のシリーズ第3作目だと。

大ファンの長澤まさみが出ているテレビCMを見ていてちょっと見たいかなと思っていたら、たまたま動画サイトにアップロードされていた。チラ見したら中国語でもな日本語でもない<どこの言葉かもわからない>アルファベットの字幕が振られていたから海賊版か。我が家のネット環境のせいか、動画サイトのサーバーのせいか切れ切れの動画だったが、なんとか最後まで見ることが出来た。「なんとか」という曖昧な感想しか言えないのは、この作品が謎解きミステリーで、お笑いあり、人情話ありで盛りだくさんすぎ、しかもそれらがみんな中途半端。二人の中国俳優+妻夫木聡が今回の主役らしいのだが、なんだか笑いのタイミングがずれている気がした。

日本を旅行したことのない多くの中国観客のためのサービスか、派手に色付けされた、成田空港、新宿、渋谷、秋葉原などのヒトの群れや七夕まつりや山車(だし)は確かに日本の風景。ステレオタイプで倶利伽羅紋紋(クリカラモンモン)のヤクザたちは、マンガだ、お笑いだと意識していても日本人にはくすぐったい。

お笑いなのに妻夫木聡、三浦友和、長澤まさみ、浅野忠信、鈴木保奈美、六平直政ほか、香港大スターアンディ・ラウ、タイのトニー・ジャーほか、アジア各国の錚々たる俳優のマジメな顔での2時間強の演技がなんとも。続編4が撮影中らしいが、前編も続編も遠慮したい。

「トランセンデンス」(14年 英・中・米)原題: Transcendence

原題の意味は「超越」だと(wiki)。確かに見た筈だったが、どういう結末だったかが思い出せず、また見るハメに。AIの普及に反対するテロリストの毒物弾でに倒れたAI学者(ジョニー・ディップ)は、死ぬ直前に自分の脳をスーパーコンピュータにダウンロード。世界のネットをコントロールし、マイクロ・ロボットの増殖で地球環境の改善が目的。じつのところこの論理展開にはギモンものこったが、まあストーリーとしては面白かったかな。

ラスト近く反対派の攻撃でAI学者の目論見が挫折したように見えるのだが、マイクロ・ロボットは生き残っていたーというラスト。

スジも結末も理解を深めた今回、この映画がAIの暴走や環境問題が主題ではなく、AI学者とその妻の愛情物語だったんじゃないかというのが個人的意見。うん、ジョニー・ディップの吹き替え声優の声もすごく
良くて、滲みた。

2021年7月12日月曜日

ロバの耳通信「WILL」「MOMENT」「解」

「WILL」(12年 本多孝好 集英社文庫)


事故で死んだ両親がやっていた葬儀屋を引き継いだ29歳の女性のまわりに起きる事件。5編の連作がそれぞれに不思議とオチがあり謎解きを楽しんだ。
読み終えて先に読んだカミさんに感想を聞いたら、29歳の女性じゃこんなこと思わない、言わない(年齢・性別の違和感)、セリフが使い分けられていないので並べられるとどちらがしゃべっているのかわからない(主人公が男っぽい性格だということを考慮しても、話ことばの違和感)というワタシが感じた違和感を指摘。ワタシよりずっとたくさんの本を読んでいるカミさんの感想、よって反芻して納得。とはいえ、死を題材にした深い人情話に感動。特にラストの話が良かった、写真屋のムスコの歯の浮くようなプロポーズの文句も、それに喜ぶ葬儀屋のムスメも、読んでいるワタシが照れてしまうくらい感動的。うん、良かった。
前作の「MOMENT」(05年)はベストセラーになったらしい。読みたい。

<追記>ガマンできなくて探してまで読んだ「MOMENT」。うーん、あとに書かれた「WILL」のほうがずっと良かった。無理に書いたストーリーが消化できていなくて、「作り事」だったのが「MOMENT」、コナレて落ち着いたのが「WILL」

「解」(15年 堂場瞬一 集英社文庫)

政治家と小説家になる夢を語り合ったふたりの大学生。それぞれが、目的に向かって走るふたつの物語がイキイキ描かれた500ページ弱のこの作品を楽しく読めた。最後の「禁じ手」を出すまでは。青春小説や警察小説を得意とする堂場の作品は、骨太なものが多くて、おもいきり入り込んで味わえるから好きなのだが、「解」にはまいった。緊迫のシーンが続き、次はどう展開するのだとドキドキしながらも残りページの少なさが気になっていたが、盛り上がりを東日本大震災でチャラ(「解」とはそういう意味なのか)にしたのは「禁じ手」だと思う。
本作が、もともと月刊誌「小説すばる」(11年4月~)の連載だったことから、東日本大震災(11年3月)が堂場に強い影響を与えたであろうことは理解はできるし、1年(12回)という制約で最終回のここで落としどころを必要としたことも想像できるのだが、ラストのストーリー展開の急ぎ方と始末のつけかたは残念な気がする。文庫本化にあたってチャラになったところを書き直してくれなかったのか。続でも何でもいいから、なんとかふたり主人公の行き末を読みたい。

2021年7月6日火曜日

ロバの耳通信「グリーンランド」「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」「タイタン」

 雨の週明け。降り続いた雨の影響で山崩れが起きて何人かが亡くなり、何十人かが依然行方不明だと。それよりも、数日後のワクチン接種の日に雨がひどくなければと気を揉んでいる。コロナ以来、どうも自分と自分の周りのことしか考えなくなって来ている。イケナイとは思うのだが。

「グリーンランド -地球最後の2日間-」(20年 米)原題:Greenland

地球に彗星が落ちてくることがわかって、ジェラルド・バトラーが妻子を連れてグリーンランドに逃げ込むというディザスターもの。意外にグラフィックの出来がよく出来ていて、大都市が次々に落ちてくる彗星に酷く破壊されてゆく地獄覗きを楽しんだワタシ。世紀末を望んでいるわけではないのだが、毎日毎日増え続けている感染者数や死者数にもはや逃げ道がないことを感じているし、新型コロナ肺炎のウイルス接種も気休めにしかならないことを知りつつも早く早くと焦っている今の気分に似ている。

ジェラルド・バトラーだから必ず助かるというハッピーエンドの結末がわかっていても、ハラハラドキドキ。

子供だけでも一緒に連れて行ってくれとしがみつく近所の人たちを引き離し、親子3人、無事グリーンランドのシェルターに逃げ込み、約半年後にシェルターの扉を開けたところで映画は終わっている。そりゃいいさ、自分たちだけ助かって。自分もきっとそうするだろうけど、ちょっと後味がなぁ。

「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」(20年 米)原題:A Quiet Place: Part II

「クワイエット・プレイス」(18年 米)の続編。本編は音を目指してヒトを襲うバケモノがラストまで明らかにされず、ひたすら音を立てちゃダメの心理的圧迫感を楽しんだが、父親を殺されたラストで、チラリとだがバケモノの姿が明らかにされ、約2年前のこのブログに”終わり方がちょっと中途半端かなと思っていたら、続編が準備中だという。うーん、手の内を全部みてしまったからなー、本編は面白かったけど続編は見たくない気がする”なんて感想を書いていた。

続編「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」では、主演のエミリー・ブラントは相変わらずの熱演だが、姉弟の熱演にまいった。続編のほうが格段に面白いってあんまり経験なかったけれど、特に聾唖の少女リーガン・アボット役のミリセント・シモンズ(ポスター中央)の演技がスゴいと思って調べたら、本物の聾唖者だと。

またまた終わり方がちょっとね、と思っていただ続々編(PartⅢ)がでるらしい。続々編もミリセント・シモンズ大活躍だろうと、大いに期待。

「タイタン」(18年 米)原題:The Titan

時代が2048年のSF。人口過剰で食料などが枯渇した地球は、土星の衛星(タイタン)への移住計画に着手した。その第一弾として、地表が窒素とアンモニアにからなるタイタンに適応できる人類を送り込むための人体の改造実験を進めるが、DNA操作やら特殊な薬剤の投与などで驚異的な運動能力を得るが、身体のみならず精神にも変調をきたす。

なぜ移住先がタイタンなのかとか、窒素とアンモニアの星なんかにヒトが住めるようになるのかとかSFとはいえ、とんでもないストーリー設定に違和感るも、まあいいか、と。主演の空軍パイロット役(サム・ワーシントン)が薬の投与で変化した新人類の姿が、「プロメテウス」(12年 米)のソレと似ていて、アルビノのノッペラボウ風。

どうせ変えるならハエ男とかエイリアンみたいなとんでもないバケモノにしてくれたほうがスジとしては面白かったかな。

2021年7月4日日曜日

ロバの耳通信「「ラスト・ナイツ」「アウトポスト」

 「ラスト・ナイツ」(15年 米)原題: Last Knights

中世の騎士たちの物語を「忠臣蔵」のスジで。監督が「CASSHERN」(04年)、「GOEMON」(09年 共に邦画)の紀里谷和明でこの作品がハリウッドデビュー作だと。クライヴ・オーウェン(大石内蔵助)、モーガン・フリーマン(浅野内匠頭)ほか豪華配役なのに、世界的には無名に近い日韓の俳優たちを配したのは贔屓の引き倒しの感。(多分)英国の中世の騎士物語だぜ、違和感ったら半端ない。

さらに日韓の俳優たちの見せ場まで作ろうとしたのか、顔見世興行さながらのムダなシーンばかり。前半(松の廊下)まではクライヴ・オーウェンやクリフ・カーティス(吉田忠左衛門)、アクセル・ヘニー(吉良上野介)の頑張りで面白かったが、原作「忠臣蔵」と同じく、討ち入りまでの間がダレる。討ち入りも暗い画面で敵味方が入り乱れるだけで、山場への期待もボツ。こんなの、海外じゃ当たらなかっただろうなとチェックしたら、やっぱりダメだったようだ。

題名はトム・クルーズ主演の大ヒット作「ラスト サムライ」(03年 米 The Last Samurai)を意識したのかな。うーん。

「アウトポスト」(20年 米)原題:The Outpost

米軍がタリバンと戦った戦争アクション映画。アフガニスタン北東部の四方の山に囲まれたすり鉢の底にあるキーティング前哨基地(原題はココから)での“カムデシュの戦い”が題材になっているのだが、誰が見ても戦術的に不利な場所にあるこの基地が戦略的にどういう意味だったのかは明かされていない。インディアンに囲まれた騎兵隊の映画のように、タリバンはバッタバッタと倒され、米軍も相当な死者が出、アメリカの戦争映画の常でラストのタイトルエンド前は戦死者の写真と階級、年齢に加え銀星勲章やら何やらが下賜されたと。

“カムデシュの戦い”での死傷者に懲りて、同様の圧倒的不利な場所にあったいくつかの前哨基地が見直されたとの、当時の軍の批判じみた反省で、ただのドンパチ映画に意味付けしたつもりなのかな。

銃撃戦の模様はとてもソレらしくできていて、懐かしのオーランド・ブルームやらスコット・イーストウッド、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズほかの配役で楽しめたのだが、国威掲揚でも厭戦、反戦でもない戦争アクション。アメリカ映画会社はいつまでこんな映画を作り続けるのだろうか。