2022年5月30日月曜日

ロバの耳通信「悪と仮面のルール」「ターゲット・イン・NY」

「悪と仮面のルール」(18年 邦画)

だいぶ前に同名の原作本(13年 中村文則 講談社文庫)を読んだ記憶があって、顔を整形して別人になるとか、憧れのお嬢様とか、江戸川乱歩ばりの古めかしい舞台設定だったので、ちょっと引き気味で見始めたこの映画。主人公の玉木宏、ヒロインの新木優子ほか、これ以上ないというキャスティング。特に良かったのがテロリストを演じた吉沢亮「仮面ライダー」シリーズ(11年~)、最近では「キングダム」(19年 漂 役))、主人公に上目使いで絡み付きジワジワ追い詰める刑事役の柄本明。顔の表情を丁寧に撮ったカメラも、音楽も近年の邦画では断トツの印象。映画評もあまりよくなくて、話題にもならなかった気がするが、ワタシはこの、幼い頃から一緒に育った少女を大人になっても必死に守り、不幸にさせまいとする「純愛映画」をとても好ましく感じた。

「ターゲット・イン・NY」(10年 トルコ・米)原題 Five Minarets In New York 

原題の Minarets はイスラム教寺院のミナレット。「5つのミナレット」は象徴的な意味
なのだろうが、映画を見てもサッパリ。
テロ主犯だと思われるイスラム教の男と彼をトルコに連れ帰るという役目を与えられたトルコの2人の刑事の物語。

トルコとアメリカが仲良しの時代、両国の結構有名な俳優を出し合い作った映画だと。トルコ俳優はワタシには全くの新顔だが、アメリカ側からはダニー・グローバー(「リーサル・ウェポン」シリーズ(87年~)、ロバート・パトリック(「ターミネーター2」(91年)のT-1000、ジーナ・ガーション(「ダブル/フェイス」(17年)が出演。

つまるところ、テロ主犯だとされた男は本当にテロ指導者なのか、無辜のユダヤ教徒なのか、イスラム教徒は善か悪のどっちかと天秤にかけながらラストまで引っ張ってくれたのだが。描き方では宗教戦争、国の対立まで引き起こしかねかねないから、どこかの大統領の口癖のイスラム教は悪だという言い方はできなかったようだね。
派手な銃撃戦やら残酷な処刑シーンなども小出ししながら、エンターテインメントでもなく、思想映画でもなくで、歯切れが悪いまま終わってしまった。美しかったジーナ・ガーションも歳をとったなと。

2022年5月25日水曜日

ロバの耳通信「マネーロンダリング」「ロスト・ケア」

「マネーロンダリング」(03年 橘玲 幻冬舎文庫)

うーん、面白い本だったなと背表紙を見ると水色にマンモスマークの幻冬舎文庫。ハズレないな。一時は図書館の文庫本の棚はこの水色とマンモスマークを探して借り出していたから、新刊以外はだいたい読み通したつもりでいたが、たまにこうして網の目から落ちていたらしい未読の本を見つける。「マネーロンダリング」は、最初のところは見覚えがあったから、何かの事情で途中放棄していたのかもしれない。今回は一日で読んでしまった。
香港を舞台にした金融コンサルの物語。金融コンサルといっても実際は脱税相談にくる金持ち日本人相手のゴロみたいなものか。香港での口座開設や法人登録、タックスヘブンを活用した税金回避の方法など、その方面に全く明るくないワタシに真偽の判断はできないまでも、よくこれだけのことをかけるものだと驚き。ワタシも仕事ではあるが香港を何度も訪れていたから、橘の描く猥雑で暑い香港の描写を懐かしく感じたりした。
主人公のほかに、謎の美女、興信所の腕利き、ヤクザ、元自衛隊員のチンピラ、私書箱会社のオヤジ、フィクサーなどなど多彩の人々がその道の「プロ」として、丁寧に描かれ、いつのまにかこの世界に違和感を感じなくなってしまうのが不思議。脱法や脱税ばかりでなく二重国籍やらパスポート認証やらの知識はどこかで役立つかもしれないと、著者が登場人物の話として語ってくれる金融ウンチクもシッカリ頭に入れてみるが、金額もスケールもおおきすぎて市井のワレワレに実際役立つとも思われない。が、とにかく面白かった。

「ロスト・ケア」(15年 葉真中顕 光文社文庫)

介護の問題を取り上げ、日本の介護の実態を社会の穴と言い切ってしまっている。その穴に落ちてしまい、老人介護に追われ自らもが困窮者になってしまった多くの人たちのために<>が始めたのが<喪失の介護>(ロスト・ケア)。つまりは、手に負えなくなった被介護の老人たちを毒殺することで、残された家族を救おうとする。そうして殺した老人は42人。検事である主人公ともう一人の主人公<彼>が語る介護の実態は生々しい。延々と語られる日本の老人介護制度の矛盾や個人の事情にウンザリしてしまう。もちろんここに答えがないからだ。だから、どうしようもない無力感に拉がれる。多用される聖書の引用文が空しい。なにもできていない神を呪っているのかとも思う。考えさせられる作品ではあるが、カケラの希望もないから、読んだあとの行き場のない不満と不安のせいで暗くなる。

2022年5月20日金曜日

ロバに耳通信「ONODA 一万夜を越えて」「コールド・アンド・ファイヤー 凍土を覆う戦火」

 「ONODA 一万夜を越えて」(21年 仏・独ほか)原題:Onoda, 10 000 nuits dans la jungle

フィリピン・ルバング島から終戦から約30年後に日本に帰還した小野田寛郎旧陸軍少尉の物語。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品で、フランスの新進気鋭のアルチュール・アラリ監督が国際共同で映画化ということでどんな作品になったかが気になっていたのだが、奇を衒うことなく心に残る作品にしてくれた。小野田さんが帰還した際は、お祭りじみた取り上げ方で、お国のためと信じて孤独で長く辛い日々をジャングルで生き延びた英雄の扱いに不満を感じたりしたものだ。

小野田少尉役の遠藤雄弥(青年期)・津田寛治(成年期)、中野学校での上官役のイッセー尾形が良かった。特に津田寛治は新聞やニュース映像で見た小野田さんの印象とあまりにも似ていて驚いた。約3時間の長編だが、動画を見ながら小野田さんがジャングルで過ごした30年と比べれば短いなと。

「コールド・アンド・ファイヤー 凍土を覆う戦火」(14年 デンマーク)原題:1864

プロイセン(現ドイツ)とデンマークの戦い、第2次シュレースビヒ=ホルシュタイン戦争を題材にしたテレビドラマの映画化だと。兄弟がこの戦争に志願し、結局兄だけが生き残り、亡くなった弟と幼馴染のインゲが残し孤児院に入れられていた子供を引き取るという物語。

ひどい邦題のせいでただの戦争映画だと思っていたら、ペーターとラウス兄弟とインゲの青春映画。戦闘シーンはいままで見たどの戦争映画にも劣らない迫力と生々しさだが、なによりデンマークの田舎の風景をロングショットで、また人物の表情をアップで撮った映像美は、CGに毒されたワタシの瞼に焼き付いたる。

監督(オーレ・ボールネダル)は、「シェイプ・オブ・ウォーター 」「ジョン・ウイック」シリーズ(17年)などで超有名らしいが、この作品だけでもチカラが分かった。

いずれにせよ、衒った娯楽作品が多い昨今、こんなに美しく、こんなに哀しい戦争映画をワタシは知らない。


2022年5月15日日曜日

ロバの耳通信「光あれ」「PK」

「光あれ」(11年 馳星周 文芸春秋社)

愛読の馳星周だから思い入れもあったのだろうが、出だしの数ページで躓いた。大人のノワールを期待していたが、いわば青春モノ。5つの掌編が時系列で並び、敦賀原発が底辺に横たわる。そう、敦賀原発に関した何かが起きるのではなく、舞台としてのチェルノブイリ事故のニュースや敦賀原発はホントは怖いのかな、と遠巻きしてブツブツ言うだけ。
私のなかの馳は、アウトサイダーの鋭い感性で体制や偽善に対する対抗勢力でありそこを買っていたのに。ハードカバーながら、「オール読物」初出の連作だと。馳は「不夜城」「鎮魂歌」「漂流街」(96年ー99年)のあとには「こんなもの」を書いていたのか。作家に期待しすぎてはいけないのだね、きっと。

「PK」(14年 井坂幸太郎 講談社文庫)

井坂幸太郎は最後まで読んだことがない。3編がはいったこの本も最初の「PK」だけはなんとか読み通したが、次の「超人」は数ページで挫折した。作風は筒井康隆なのだが、要は面白くないのだ。多分、こうして作風の類似との感想を書くだけでも筒井は嫌がるだろう。筒井のソレでは、ひねりやウイットの底辺に反骨があり共感しながらよく読んだものだが。カミさんに、井坂は自分に合わないとグチったら、井坂の作品は「迎合」だと。若い人に合わせようとしているから、ワレワレ世代には違和感があるのだと、うーん、そうなのか。

2022年5月10日火曜日

ロバの耳通信 「アンビュランス」「ムーンフォール」

 「アンビュランス」(22年 米)原題: Ambulance

製作・監督が「トランスフォーマー」シリーズ(02年~ 米)ほかで有名な「あの」マイケル・ベイ監督ということで、それだけでもドキドキもので主演が大ファンのジェイク・ギレンホール。期待通りメッチャ面白かった。

最初から最後までドンパチもカークラッシュも満載。制作費大変だったろうなと余計な心配。05年の同名のデンマーク映画のリメイク(wiki)だというが、スジは荒っぽく、ひとことで言えば破茶滅茶。

幼い頃に白人のワルの家に養子になった黒人(ヤーヤ・アブドゥル)と実子の白人(ギレンホール)の義兄弟が、銀行強盗の果てに救急車で逃げ回る。救急救護士役のエイザ・ゴンザレスの存在感がスゴかった。この女優、多分初めてだと思うけれど、気に入ったね。またどこかで会いたい。

自動翻訳の怪しい日本語の字幕つきで、どうなることかと心配していたのだが、なんとか意味はわかるし、アクション映画だからまあ、いいか。

「ムーンフォール」(22年 米)原題:Moonfall

“破壊王”ローランド・エメリッヒ監督らしいSFディザスター映画。

月は宇宙人による構造物で、宇宙生命体により軌道がズレて、地球に落ちてくるーという与太話をハル・ベリー、パトリック・ウィルソン、ジョン・ブラッドリー、チャーリー・プラマー、マイケル・ペーニャ(大ファン)、ドナルド・サザーランドといった錚々たるメンバーが、あたりまえだがマジメに演じていて、その温度差も楽しめた。

2022年5月5日木曜日

ロバの耳通信「トイレのピエタ」「誰も知らない」

「トイレのピエタ」(15年 邦画)

まいった。こんなにいい映画を見てなかったとは、と見終わったときに悔しかったが、見ることができてよかった。タイトルだけは映画雑誌か何かで見覚えがあったのだが、動画サイトの中に偶然見つけ、連休の最終日、出かけたくない日の午後のプライベート映画会になった。

題名は、手塚治虫が亡くなる前に書いたという日記の”トイレのピエタのアイデア。癌の宣告を受けた患者が、何一つやれないままに死んで行くのはばかげていると、入院室のトイレに天井画を描き出す・・”。だと。

主人公のステルス性胃がんで死んでゆく元美大生のフリーター役をロックバンドRADWIMPSの野田洋次郎が演じていて、そちらはセリフも少なく、もともとそういう感じのヒトらしく自然な寡黙さも伝わってきて、役にピッタリだったが、なによりこの映画で圧倒的な存在感があったのが女子高生役の杉咲花。テレビドラマなんかでたまに顔をくらいで、ほとんど知らなかったのだが、この映画のために生まれたのではないかと思えるくらい、演技もセリフも光っていてた。病院で主人公の同室のがん患者の役のリリー・フランキーが、いつもの飄々とした感じが適役。音楽も控え目のピアノ曲がセリフのジャマをすることなく好感。エンド近くでタテ字幕とともに流れ出す主題歌(「ピクニック」)も良かった。

wikiで手塚治虫の娘さんがこの映画を試写会で見て、手塚の胃がんの苦しみが描かれていないと、タイトル名にクレームをつけたとあった。映画の中で主人公が病に苦しむところは確かにほとんど見なかったが、治る見込みがないと医師に告げられ故郷の草むらに立ち、いろいろな思いの中に咆哮するシーン、そのあと主人公にアパートのトイレの壁にペンキでピエタを描かせ「生を感じた」と言わせたところ、女子高生に「生きろ」と叫ばせたことに、この映画の強い意志を感じた。

「誰も知らない」(04年 邦画)

実際にあった「巣鴨子供置き去り事件」(88年)を題材に、いま流行りの是枝裕和監督が作ったと(wiki)。母親(YOU)に捨てられた4人の子供たちの最年長の柳楽優弥が都会で子供たちを率い、生きてゆく。本当は悲惨な出来事を、淡々と描いているのは、同じ是枝監督による「万引き家族」(18年)の感覚と似ている。是枝監督のほかの多くの作品と同じく、家族に焦点をおいている。ただ、悲惨な家族を描きながらも、泣きに訴えることはない。
この「誰も知らない」では、長男と心を通わせる少女役の韓英恵を私は初めて知った。この映画では暗い表情の不良中学生を演じていて、こういう役に私は弱い。いっぺんにファンになった。