2018年4月25日水曜日

ロバの耳通信「出口のない海」

「出口のない海」(06年 横山秀夫 講談社文庫)

警察モノや記者モノを書かせたら右に出る者はいない(と、思う)ベストセラー作家の横山だが、これは作り過ぎ。大学野球と人間魚雷を結び、青春モノに仕上げたつもりなのだろうが。横山は何を描きたかったのだろうか。読んでいて岡本喜八(監督)の「肉弾」(68年 邦画)と比較してしまった。「出口のない海」では不条理や哀しみをこれでもか、これでもかと文章にしているのだが、それがこちらに伝わってこない。「肉弾」は多くを語ることがなかったにも拘わらず、戦争の不条理や哀しみが伝わってきた。

映画化された「出口のない海」(06年 邦画)は主演に市川海老蔵、伊勢谷友介、塩谷瞬ほか、ワキを永島敏行、香川照之、古手川祐子ほか錚々たる役者で固め、これ以上は望めないキャスティングで見ごたえのある「青春映画」に仕上げられている。うん、海老蔵の恋人役の上野樹里は、原作の「無邪気な少女」のイメージから外れていたからミスキャストだったな。「肉弾」で大谷直子が演じていた少女を連想したかったのだが、うん、ワタシの勝手な思い込みか。

佐々部清(監督)、山田洋二ほか(脚本)がよかった。製作も配役も、こういう映画ってこれからはあまり巡り合えそうもないかな。

そうか、横山の意図は「青春」だったのか。「反戦」ではなかったのか・・。

2018年4月20日金曜日

ロバの耳通信「共犯」

「共犯」(14年 台湾)partners in crime

登場人物のほとんどが高校生。自殺した女子高生をたまたま見つけた3人の高校生が犯人捜しをするという、ミステリー仕立てになっているのだが、最後は犯人が誰かとかいうようなことがどうでも良くなってくる。どこにでもありそうな高校の情景に、昔の自分を思い出して甘い感傷に浸れる。特に、女子高生はみな楚々としてかわいく、すこしナマイキだ。いまどき、こんな高校生など、世界中どこにもいないとはわかっていても、その幼さ、純粋さや孤独が、ノスタルジーとしてよみがえる。


息苦しく感じるほどの初夏の緑や、湖面に跳ね返って顔を照らす太陽の光が美しい。台湾って、こんなにきれいなのか。仕事で何度も訪れた台湾は、台北の騒々しい通りや埃だらけの工業団地のイメージしかなかったのに。台北の小さなIT会社に勤めていた内気な友人が、台北のあまりの人やオートバイの波、なにより止まることを知らない一層の都市化や人間関係に嫌気がさし、田舎へ帰って農業をやるといって会社をやめていったことを覚えている。私は彼に小さな別れの品を渡し、彼は私にガラスの仏像をくれた。困ったことがあったら祈ってみなよと。そうだ、彼より私のほうが、ずっと疲れ、まいっていたのだ。

いじめ、非行など多くの現代の若者の辛さを描きながらも、この映画の見どころはなんといっても画像の美しさだ。カメラワークの素晴らしさというのだろうか、どこかを切り取ってプリントすればそれだけで癒しの絵になりそうだ。台湾映画も捨てたものじゃない。

2018年4月19日木曜日

ロバの耳通信「クレージーボーイズ」「カタブツ」

「クレージーボーイズ」(10年 楡周平 角川文庫)

作者の楡周平が米国企業で働いていたということで、銃、麻薬、ギャングなど米国の国内事情を作品にリアルに反映していて、そこがほかにない面白さとなっている作品が多い。

「クレージーボーイ」もゲイ、麻薬やギャング、大学寮、石油メジャーやコンサルタントといった米国流の独特の味付けがされた、まさに「ザッツ・エンターテインメント」と言える新鮮見味のある娯楽作品となっている。この作品も日本の不条理な習慣や仕組み、たとえば繰り上げ初七日法要から金融商品取引法(証券取引法)、裁判制度まで揶揄しており、15歳の主人公が銃器をもって立てこもり、で何人かを傷つけたにも関わらず少年法により守られるというオチまでつけている。環境問題から資源、銃器管理など盛りだくさんの中身を詰めこんだ500ページだが、シュワちゃん(アーノルド・シュワルツェネッガー)主演映画のように、面白かったが何も残ることがなかった。あ、あまり役に立ちそうでもない雑学は増えたか。

「カタブツ」(08年 沢村凛 講談社文庫)

どれもひとひねりもふたひねりもして「面白がらせる」話。「ありそうで、ない」を通り越して「こんなのゼッタイない」作りすぎのシナリオだけれど、ネット動画にもちょっと飽きて、テレビも面白い番組もなくて、なにもすることがなかった昼食後の空き時間。

カミさんが図書館から借りてきた本で、気づいたら6つの短編を全部読み終えていた。作家紹介を見たら「ファンタジーノーベル大賞」を獲った中堅作家だというから、それなりの本なのかもしれないが、うーん、昼寝でもしてればよかった。

2018年4月13日金曜日

ロバの耳通信「ダークナイト」「ダークナイトライジング」「スノーデン」

「ダークナイトライジング」(12年 米英)

バットマンの映画なのだが、「ダークナイト」(08年 米英)のときは、できたばかりの映画館を見物にきて、せっかく来たからと、並んだ窓口のポスターとタイトルだけを見て、ミステリーかホラーだろうと飛込みではいり、怪談ばりの重低音、暗くてSFXばかりのシーンの連続といつものバットマンと気持ち悪いジョーカーに、あーこんなのだったのねと一緒に見たカミさんにブーたれられたのを思い出す。

今回の「ダークナイトライジング」は配役に惹かれてみることになってしまった。ヒーローもののコミック本が原作なので、前作と同じく、ストーリーにいれこむことはなかったが、大ファンのゲイリー・オールドマン、トム・ハーディ、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットとの競演を楽しんだ。とくにジョゼフ・ゴードン=レヴィットのちょっとにやけた孤児あがりの警察官役がとても決まっていて、主役のブルース・ウェインを演じるクリスチャン・ベール、、執事アルフレッド役のマイケル・ケイン、キャットウーマン役のアン・ハサウェイなど大物俳優を食っていた。うん、大物3人ともあんまり好きじゃないか・・な。

ジョゼフ・ゴードン=レヴィットは「インセプション」(10年 米)、「LOOPER/ルーパー」(12年 米)が良かったが、オリバー・ストーン監督の新作「スノーデン」(17年 米)では全く違うキャラクターなのにエドワード・スノーデン役を飄々と演じてそれがとてもハマっていた。俳優ってなんだかすごい。


2018年4月5日木曜日

ロバの耳通信「そらをみてますないてます」

「そらをみてますないてます」(14年 椎名誠 文春文庫)

読んでいて、半分を超えた頃から残ったページの厚みがすこしづつ薄くなることを残念に思い、大事に、大事に、惜しみながら読んだ。今回は図書館から借りたが、たぶんというか、またいつか、借りるか、買ってしまうだろう。椎名の作品は大好きで、ほとんど読んでいたつもりだったのだが。
この作品は自伝ともいえる青春物語、ロシアの極寒地帯のタイガへの訪問記、タクラマカン砂漠の旅日記の3つのストーリーからなる。自伝のほうは衒いも気取りもなく、惜しむように「若いころ」を語り、2つの旅行記で脇道に入る。脇道が延びたところに極寒のシベリアの地やシルクロードがある。それらの物語が、段落替えもない文章で入ったり戻ったりしながら広がってゆく。青春記も旅のようなものだから、3つの旅行記をテキトー、つまりは股旅のように気ままに読む楽しむことができた。さらに椎名の文章は、句読点が正確で、主語がほとんど「おれ」のままで動くことがないので、安心して読めた。
タイガもタクラマカン砂漠も若いころから夢に見るほど行きたかったところだから、まるで自分も一緒に旅行しているようで大いに楽しめた。とくにタクラマカン砂漠については、この作品のなかで何度も出てくる「さまよえる湖」(スウェン・ヘディン)が懐かしかった。
最初にヘディンを読んだのはオヤジの蔵書「シルク・ロード・・」(61年 世界教養全集23 平凡社版)。オヤジの「世界教養全集」は揃いではなかったが、冒険モノの宝庫で繰り返し読んだ。この「さまよえる湖」とほぼ同じ内容、もしかしたら同じ本だったのかもしれない。「さまよえる湖」の旺文社版(75年)を買ってずいぶん長くあちこち持ち歩いていた気がする。その本も何度かの引っ越しの際に失くして、ほんのこの間まで岩波文庫版(84年)を持っていた。またヘディンを読んでみようか。

ああ、大事なことを書くのを忘れていた。”ダッタン人ふうの別れの挨拶” ー何度か出てくるフレーズだがこれが、この「そらをみてないています」のいちばんのところ。うーん、コレ死ぬまで忘れられないだろう、ワタシも。<うん、読めばわかるってワタシが何にまいったか。>
あ、いかん。コレも書いておかねば。解説を歌人の小島ゆかりが書いているが、ワタシも同じ気持ちだよ

(追記)「そらをみてますないてます」に何度か、あるいは一度くらい出てくる冒険モノのリスト。「コンロン紀行」(スミグノフ)、「チベット人ー鳥葬の民」(川喜多二郎)、「書名不明」(ラティモア、ドローヌ、ボンヴァロ、フレミング、マゼラン)、「西域探検紀行全集」(白水社)、「航海記」(ダーウィン)、「パダゴニア」(リストには書名か著者名のどちらかが欠けているものもある。椎名が書いているから面白いに違いない。あとでアマゾンで調べよう・・)

2018年4月2日月曜日

ロバの耳通信「アナイアレーションー全滅領域」「天国の本屋~恋火」

「アナイアレーションー全滅領域」(17年 米英)

ナタリー・ポートマン主演のSF。元兵士の生物学者のポートマンは夫が行方不明になった領域エリアXに夫の痕跡を探しに行き、不思議な生物と遭遇する。異性からの侵略者は、地球の生物のDNAを複製して増殖するらしのだが、実のところそこらへんはわかるようでわからない。ベストセラー小説の映画化らしい。ポートマンの複製を手りゅう弾で爆破すると、全部の複製が燃えてしまうとか、まあ、侵略者は個体であるとか、理由付けもされているのだが、うーん、よくわからない。ミドコロはSFX。近年はグラフィックというのか。細胞分裂のフィルムとかも挿入されていて、ミトコンドリアが意識を持つようになるという「パラサイト・イヴ 」(07年 瀬名秀明 新潮文庫)を思い出しながら見た。脚本がなんとかならないのかとか、ポートマンの夫役ほかキャスティングが悪いとか、ジャングルのセットがチャッチイとか、また見たい映画ではない。

「天国の本屋~恋火」(04年 邦画)

主演の竹内結子もなかなか良かったし、ワキに多くの「昔の有名ヒト」が出ていてなんだか可笑しかったが、原作が良かったせいか結構「泣けた」。まあ、泣かせられたということか。ただ、ふたつの原作「天国の本屋」「恋火」をムリムリくっつけ、脚本もふたりで書いたというからそこが気になったところ。ふたつのストーリーの連続性というか必然性がなく、不自然なスキマを感じた。撮影がファンの上野彰吾、音楽が松任谷正隆、主題歌の松任谷由実「永遠が見える日」もよかった。