2018年5月25日金曜日

ロバの耳通信「生存者ゼロ」「クーデター」

「生存者ゼロ」(14年 安生正 宝島文庫)

第11回このミス大賞を獲ったと。文句なしに面白い。まだ5月だから、今年いちばんというのもおかしいが、まあこの1年で最も面白かった小説。読み始めたら、止まらないーエンタメはこうでなくっちゃ。いわゆるパンデミックものなのだが、ワタシ的には「アンドロメダ病原体」(76年 マイクル・クライントン ハヤカワ文庫)以来の衝撃。ジワジワとエボラが広がってくるダスティン・ホフマンの映画「アウトブレイク」(95年 米)も怖かったが、一気にヒトが血まみれになるスプラッタ病原体を描いた「生存者ゼロ」の怖さはハンパなかった。

「クーデター」(98年 楡周平 宝島文庫)

文庫版、550ページの長編を読者を引っ張り続けるのはとても大変なことなのだろうと思う。しかし、だ。前半の退屈さに途中で放り出したくなった。カルト集団とヒーローの戦いが佳境となる後半が面白いだけに、惜しい。前半と後半のストーリー展開に必然性を見いだせないのも辛い。

同じ作家のデビュー作「Cの福音」(08年 角川文庫)はスーパーヒーローの活躍が面白かったし、ベストセラーとなり超弩級の新人と騒がれた。続編の「猛禽の宴」(08年 角川文庫)も楽しめた。面白い本を書き続けるのは難しいのだろうが、この「クーデター」は失敗作だ。自衛隊組織の深掘りをしていたら、こうリアリズムから遠ざかることはなかったろうに。銃器や爆発物のディテールは文献で得られるから、いくらでも詳しく書けるだろうが、自衛隊員の気持ちまでは届かなかったらしい。

2018年5月17日木曜日

ロバの耳通信「姫椿」

「姫椿」(12年 浅田次郎 徳間文庫)

8つの短編集だがどれも珠玉。カミさんと読み合い、この作品がよかったとか、あの作品がよかったとか、こういう印象に残る短編集を読んだときは感動を共有することが多い。まあ、変わり者の似たものフーフだから好みもそうズレることはない。どの作品もよかったけれども、カミさんはオカマの物語「マダムの喉仏」、ワタシは競馬の好きな父と娘の「永遠の緑」が気に入ったと。ひとしきり感想を言い合った後、カミさんは浅田次郎をもっと読んでみようと。わかりますよ、その気持ち。ただ、浅田次郎を長く読んでいるワタシからは、いい作品が多いけれど、ハズレも多いからねと念押し。

この「姫椿」は12年版ながら図書館のスタンプは17年で新本のようで好感。表紙とタイトルでこれは面白いに違いないと。裏表紙のあらすじに目を通してさらに気持ちを高め借りだした。で、アタリ。よかった。
文庫本はこの徳間文庫版と文春文庫版があるが、表紙はこの徳間版がいい。読んだ、読まない、良かった、良くなかったの印象は本の表紙の印象と一緒に記憶にしまい込まれるので、表紙が気に入ったかどうかはとても重要。

2018年5月13日日曜日

ロバの耳通信「クライム・ヒート」「ランナウェイ/逃亡者」

今日は午後から雨。初夏のはずなのだが、寒い。一週間ほど前に引いた風邪がまだ、抜けない。こういう日は、明るく楽しい映画のほうがいいのだろうが。

「クライム・ヒート」(14年 米)

原題のThe Dropはマフィアの夜間金庫のようなもの。雇われバーテンダー役のトム・ハーディー、チンピラの情婦ノオミ・ラパス(「ミレニアム」3部作(09年 スウェーデンほか)、数年前に亡くなった悪役専門のジェームズ・ガンドルフィーニなど芸達者の配役がそろっていて、見ごたえのある映画になっている。なぜか日本では未公開らしく、字幕付きのネットやDVDで見るしかないが、ブルックリンの荒廃した通りやボロ車、ギャングに酒場など古きアメリカ満載で、アメリカン・クライム好きに勧めたい作品。

原作(ミスティック・リバー Mystic River (01)年、シャッター・アイランド Shutter Island (03年)ほか映画化された「あの」デニス・ルヘイン)がいいのもあるだろうが、トーマス・ハーディーのクールな役柄と訥々としたセリフが、深夜にお気に入りのペーパーバックを読んでいる気持ちになれた。


「ランナウェイ/逃亡者」( The Company You Keep 12年 米)

ロバート・レッドフォードの監督・製作・主演。30年以上潜伏生活を送っていたのにふとしたことから昔のことがあからさまになり、ベトナム戦争の頃のかって過激派だった男が、娘との暮らしを守るために冤罪だった銀行強盗殺人の汚名を晴らそうと事情を知る昔の仲間を探して奔走するーという作品なのだが、若き新聞記者役のシャイア・ラブーフ(「ウォール・ストリート」(08年 米)でもスゴ腕の新聞記者)が、かってロバートレッドフォードが演じた「大統領の陰謀」(79年 米)の新聞記者を思い出してしまった。レッドフォードが若かったら、この新聞記者の役をやりたがったに違いない。

元過激派のメンバーたちはジュリー・クリスティー(「アウェイ・フロム・ハー君を想う」(08年で各賞受賞)、スーザン・サランドン(メに特徴のある名女優)、ニック・ノルティなどなどジジババ俳優が揃って、レッドフォードの友人救済映画の感。

映画の中でフラッシュバックされる昔のモノクロ写真が妙に自分の若い頃と重なり、楽しいばかりではなかったはずの学生時代の思い出も、今ではただただなつかしく甘酸っぱい。

学生集会でいつも反戦歌を歌っていた髪の長いコは、いまどういう暮らしをしているのだろう。

2018年5月4日金曜日

ロバの耳通信「穢れた手」「ユニット」「モンスターU子の嘘」

春だというのに、寒い日が続いている。花粉も多いらしく、マスクをしながら寝床で本を読んでいる。いままで外れたことがない作家と初めての作家と。皆外れてしまった。<このブログ、5月連休に手をいれようと下書きのまま放置していたので、季節感にズレがでてしまった・・。まあいいか、もう初夏だ。花粉症も収まった。>

「穢れた手」(16年 堂場瞬一 創元文庫)

「刑事・鳴沢了」シリーズ、「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズなど、腕利き刑事が活躍するシリーズものは多作ながら楽しめてきたのだが、この「穢れた手」はちょっと違った。騙されて罪に問われることになった同僚刑事を信じ、名誉を取り戻すために私的な捜査をすすめるという刑事友情物語なのだが、主人公の刑事の動きも思考もウジウジしていて、この本を途中で投げ出したくなった。堂島の普段の切れ味がない。地方都市の暗さと警察組織を背景にしてはいるものの、それが普段の鳴沢の「面白さ」につながっていないことが、ベストセラーにもなっているシリーズものとの大きな違いか。

「ユニット」(05年 佐々木譲 文春文庫)

ハードボイルドでは北方謙三と並んで好きな作家で、近年は「うたう警官」など警察官を主人公にした作品も書いて、ワタシ的にはどれを選んでも面白い・・はずだったのだが、全くアテが外れた。少年犯罪で家族を殺された男と家庭内暴力を逃れた刑事の妻が出会うという映画なんかでありそうな話なのだが。カミさんによればこの少年犯罪が実際にあった事件だったという。おお、そうか、佐々木の今回作品の失敗はソコだったのかと。ワタシなりの解釈だが、佐々木はこの事件を調べこれをネタに筋書きを描こうとしていたのではないか。この物語の主人公は3人、犯罪を犯した少年、被害者の男、刑事の妻。うーん、主題に置きたかったのは少年か、男か、妻か。どれも中途半端に終わっているのが残念。

「モンスターU子の嘘」(14年 越智月子 小学館文庫)

相容れない本というのがワタシにはある。セリフばかりが多く、スキマの多い本がそれだ。そして、そのセリフが短くて今風のどっちもとれるようなものだと、もういやになる。例えばこうだ、3行目に、
”「鎌田くんありがとう」
すっかり小さくなった寺本の母親が白いハンカチで洟をかんだ。・・”
ワタシならこうする。
”すっかり小さくなった寺本の母親が(鎌田に)礼を言いながら白いハンカチで洟をかんだ。・・”
こう書けば、セリフのあとの無駄な空白も、文頭の鎌田をまたここで繰り返すこともないだろうに。勝手なことを書くが、この作家は小説を書くために、編集者から朱筆を真っ赤に入れられたり、原稿を突き返されたりといった「修行」を積んでいないのではないかと思う。
喫茶店経営者の詩子(U子)が賭博常習犯で逮捕され、これを追っかけるフリーライター鎌田が詩子について記事を書くという題材も、物語の構成も素晴らしい。この素晴らしい材料が、書き手の力不足のためにこれだけのものになってしまうことを惜しいと思う。悔しい。
読書メーターというブログサイトでは好評だと。さすれば、オカシイのはワタシのほうなのか。

ロバの耳通信「春の庭」

「春の庭」(柴崎友香 14年 文芸春秋社)

自分に残された時間を考えると、本も「片っ端から」読むのでは到底時間が足りないということを認識しているから、勢い賞を取った作品、好きな作家、好みの舞台設定を選んでいる。
本作は、芥川賞を取り選考者の評も、また読書メーターの評も良かったから期待して読み始めたが、まったくイケナイ。貸家に住む住人が、貸家裏にある古い家に興味を持って調べまわるといミステリーじみた舞台設定はヨシ。「春の庭」はその古い家を題材にした写真集の名前。

見知らぬ家を訪れるという設定は、ネコを探しに知らない家に入り込み、奇妙な体験をするという、村上春樹の「ねじ巻き鳥クロニクル」(97年 新潮文庫)にちょっと似ている気もするし、近くにあるのに知らなかった場所での冒険というようなところが、「ねじ巻き鳥・・」とはえらい違いで、ワクワク感や驚きもなく失望した。

知らないところの町歩きが趣味のワタシの好みだったのだが、柴崎の冒険物語は芥川賞では新鮮な技法として好支持を得ていた「視点の変更」、つまりはたかだか140ページのハードカバーで何度も主役が入れ替わること、に私は最後までなじめず、消化不良を起こしてしまった。賞を獲るということは大変なことなのだろうが、柴崎の文章は脈絡がなく、やはり読書メーターなどでも好評であった情景描写が、私には不自然で共感を得なかった。

この本を読む直前まで読んでいた「スコーレ No.4」(宮下奈都 09年 光文社文庫)の自然で丁寧な情景描写に強く共感していて、そのせいで柴崎に厳しくなりすぎたのだろうか。いずれにせよ、代表作に失望してしまったから、もはや柴崎の作品を手に取ることはないと思う。

2018年5月1日火曜日

ロバの耳通信「関ケ原」

「関ケ原」(17年 邦画)

ゴールデンウィークにはいり人混みのなかに出かけるのも億劫、で映画。前評判の良かったものをリストアップしておいて、動画サイトで探して見るということを繰り返しているが、怪しい動画サイトももうおしまいになるのだろう。

「関ケ原」は、豊臣秀吉のブレーンの石田三成(岡田准一)と徳川家康(役所広司)にスポットを当て、数多くの武将たちに名優を置き、原作「関ケ原」(司馬遼太郎)を損ねることなく主人公たちから端役まで丁寧に描いていたところがよかった。秀逸は秀吉(遠藤賢一)、北政所(キムラ緑子)。特に秀吉を演じた遠藤の存在感にはうなった。遠藤賢一は「半沢直樹」(13年 TBSドラマ)で半沢の剣道仲間でノルマに耐えられず統合失調症になってしまう近藤直弼(なおすけ)役以来の大ファン。遠藤でなければ狂って死んでゆく秀吉は他の誰にも難しい役だろう。
唯一のミスキャストが忍者初芽(時代劇初出演だという有村架純)。どんな役者でも最初はあるものだし、ほかにアイドルが出てないからまあいいかと思う反面、配役・脚本・音楽とバランスのとれた大作なのにと、ちょっと残念な気がした。ラストの合戦シーンは新しい武具が気になったものの、CGやスモークでごまかすこともなく、圧巻。
岡田准一と役所広司の組み合わせで良かったのは「蜩の記」(14年)、これはぜひ薦めたい。ワタシの映画リストにある「追憶」(17年)も早く見たい。