2021年4月26日月曜日

ロバの耳通信「日の名残り」

「日の名残り」(93年 米)

ずっと会いたいと思っていた人にやっと会えた、そんな気持ち。ずっと見たいと思っていた映画だった。この時代だからネットレンタルのDVDとかで注文もできたのだろうが、いつか・・と思い時間は過ぎていた。「わたしを離さないで」(10年 映画 米)でカズオ・イシグロに親しみを持ってからだっただろうか。

素晴らしい映画だった。脚本も配役も音楽も。なにより、主役の執事頭役のアンソニー・ホプキンスが素晴らしかった。この映画で、ほかの配役は思いつかない。好きじゃないタイプのイギリス女のエマ・トンプソンもこの映画では光っていた。
「日の名残り」はラストシーン近くの波止場の夕暮れの映像が印象深く残っているが、老年にさしかかった執事、凋落した英国貴族、恋を捨て成り行きの結婚のあと孫の生誕に喜びを見出す女、皆「日の名残り」
セリフ部分の半分くらいがアンソニー・ホプキンス。すこし意識しているのか、普段より鼻にかかったキングスイングリッシュ風。セリフは、例の繰り返しで時間を持たせる間接的な言い回し。大声で怒鳴り合うような南部米語の汚らしさよりずっと品よく楽しめた。もちろん字幕あっての物種だが。

若い頃、個人指導してくれた英語の先生は香港生まれの若い英国人だった。学校英語や仕事で接してきた英語はそれまで全部米語(アメリカ英語)で、個人指導の時間は若い英国人から何度も言い直しをさせられ、閉口。そうして、仕事に戻りアメリカ人との会議で発言すると、「なんか、変なクセついてる英語になってるよ」とコレも何度も指摘をされた。アンソニーホプキンスの廻りくどい、押さえた英語を聞いていてそんなことがあったムカシを思い出した。

仕事が変わってから、外国語を使う機会もなくなり、学生時代から何十年もかかってやっと少しモノにした気分でいた外国語ももう要らなくなったのかと寂しい思いがしている。学生時代の長時間の勉強や仕事で憶えたたくさんのことは、いまや全く用無しになった。子育て、上手な掃除の仕方や料理、いろんなものの修理やら、今必要なことをいままでに何一つマスターできていない。後悔先に立たず・・か。

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