2019年6月25日火曜日

ロバの耳通信「沈底魚」「椿山」

「沈底魚」(10年 曽根圭介 講談社文庫)

初めての作家を読むときはドキドキする。外れたらもう読まなければいいとも思う。どうせ酸っぱいだろうと葡萄を食べながら、対岸に行きたくてやっぱり石橋を叩いてみる。
この本には江戸川乱歩賞受賞作の冠がついていた。期待しないわけにはいかない。デビュー作だという、書き出しの文章が練れていないから、出だしは何度もコケそうになったが、半分くらいから勢いがついてしまって、途中で止められなくなってしまった。期待してよかった。簡単に紹介すればスパイもの。
スパイものはこうじゃなくっちゃいけない。おいおい、そういうことなのかとアタマが混乱しそうになったが、主人公視点を外さないストーリー展開のおかげで気持ちが脱線せずにすんだ。表題の意味はいわゆるスリーパー。これ以上の種明かしはしない。どにかく面白かった。ほかの作品を是非読んでみたい。

「椿山」(01年 乙川優三郎 文春文庫)

乙川の作品を前に読んだ気がするが、どうしても思い出せない。乙川はワタシのアタマの中では山本周五郎や葉室麟、藤沢周平らと一緒の棚にはいっていた。
「椿山」は3つの短編と表題作からなる。「ゆすらうめ」は出だしがいい。その1ページだけで乙川の文章に打たれる。「白い月」は女が月と一緒に歩くところがいい。「花の顔」は呆けてしまった意地悪な義母の顔。「椿山」は下級武士の哀しさと矜持を描いた。乙川が師と仰ぐ山本周五郎の世界そのものである。
苦労人であろう乙川の作品をもっと読まねば。さもなくば、このままただの頑固ジジイでおわってしまう。強さと優しさを、潔さを学ばなければならないと、強く思う。

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