2021年11月7日日曜日

ロバの耳通信「ブルータワー」「切羽へ」

「ブルータワー」(08年 石田衣良 徳間文庫)

SFが好きだった時代があった。みんなそうなのだろうが、楽しい時間ばかりではない時に白日夢のように妄想を膨らませることのできる時間は、今思い出しても甘美で切ない。いつのまにか、SFの世界が、届かぬ夢の世界だと認識するようになって、そういう本を読まなくなっていたし、ごくまれに触れたSF小説やファンタジー映画は、一時の娯楽。そこで楽しんでも、本気で入り込める世界ではなくなっていた。


「ブルータワー」は悪性脳腫瘍の男の、意識だけが200年後にタイムスリップ。階層社会の頂点で世界を救うミッションに臨むーまあ、ひとことで言えばやっぱり絵空事なのだが、石田の書いたSFは、ジジイを夢中にさせる面白さがあった。映画を見ているような迫力感と新型インフルエンザの脅威、ハンドヘルドの対話型コンピュータ、冷たい浮気妻や主人公を支える陰の女などなど道具立てに無理がないから、情感たっぷりで入れ込めた。なによりSF定番の突然な不可解な終わり方もなく、さわやかな読後感は、このところいい作品にめぐり合っていなかったので、一層楽しかった。

「切羽へ」(10年 井上荒野 新潮文庫)

表紙が気に入ったのと、裏表紙の”直木賞受賞””官能的な大人のための恋愛長編”の釣りに惹かれて読みだした。”明け方、夫に抱かれた。”の出だしとそれに続く自分の体を卵の黄身にたとえた文章は、女性らしい感性だなと感心さえしていた。ただ、読み進めるうちに、「ソレばっかり」の生臭さに気付き、それが続くと辟易してしまった。”官能的”とはそういうことだったのか。
養護教諭の主人公の子供たちとの交流やとひとり暮らしの老女の看取りなどが方言を交えて、ローカル色豊かな島(多分、長崎の五島列島か)を舞台に語られ、書きなれた文章にも好ましく感じたのだが。
そういう不満をカミさんに話たら、感情を引きずるのが良くない。いやな気持になったらさっさとやめろと。

はじめて読んだ作家だったからwikiで調べたら、井上光晴の長女だと。著作も多いが、この「切羽へ」の不快感で、ほかの本に食指がわかない。

1 件のコメント:

  1. 海底二万里やレイ・ブラッドベリ、平井和正、星新一、ハヤカワ・ノベルズ、ドラえもん、なぜか水着のおねえさんやプレイメイト本国版など、私に人格があるとすれば、あの横須賀の古本屋の影響は大きい。あれがメタバースだな。もう無いのでしょうね、あったらSF。

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