2019年10月28日月曜日

ロバの耳通信「12万円で世界を歩く」

「12万円で世界を歩く」(97年 下川裕治 朝日文庫)

変な性癖だと自分でも思う。面白い本を手に入れると読まずにカバーだけして本棚の端に積んでいる。これは、面白いに決まってるから後の楽しみにとっておいた本たち。想定は、入院したりしてじっくり本を読む機会ができたらこれらを読もうという企み。約20年前に入院した際、もともと活字中毒だったのに読む本がなくなり、家族に家にあった文庫本やら雑誌を持ってきてもらった思い出から、「いざという時」のために本を貯めこむようになった。時代は変わって、スマホやタブレットでいつでも本は手に入るし、病気とかで入院するとしてもいまどき本を読める状態まで入院できることもないと思うのだが、貧乏性のならいで本を貯めている。
この「12万円で世界を歩く」も、ブックオフで見つけ裏表紙の解説やパラパラめくって挿絵の写真から「お取り置き」に決めていた。花粉症がひどくて、図書館にゆくのも難渋し、ネット動画にも飽きたある日、「お取り置き」の下から2段目にあった本。ちなみにいちばん下にあったのは「虐殺器官」(10年 伊藤計劃 ハヤカワ文庫)でこの本、なかなか難しくて何年か前にもチャレンジしたのだが、ついて行けず挫折。今回も挫折。で「12万円で世界を歩く」を読んだ。
カンタンに言うと、いかにケチケチ旅行をしたかを書いた本。大変だったろうねと同情しつつも、節約が目的になってしまった旅行記は面白くもなんともなかった。ひとりで食べようととっておいたお菓子が期限切れ、の感。20年前だったら違う感想だったかもしれない。
同じケチ旅行なのだが、いつ読んでも、何度読んでも新しい感動を覚える「深夜特急」(86年~ 沢木耕太郎 新潮社)との違いは何なんだろうか。

2019年10月22日火曜日

ロバの耳通信 Netflix新作「イン・ザ・トール・グラス-狂気の迷路-」「アベンジメント」

「イン・ザ・トール・グラス-狂気の迷路-」(19年 米カナダ)原題 In the Tall Grass

夫婦に見える妊婦とその連れの男が車を止めたコーン畑の向こうから子供の助けてという声がする。ここから始まるスティーブン・キングの世界、キングの息子のジョー・ヒルとの合作小説が原作だというが、迷路、暗闇、犬、行ったり来たりの時間、インデアンの聖なる石。たっぷりのスプラッタもキング味。狂気の男を演じるパトリック・ウィルソンがマジ、怖い。

胸がざわつくって、こういうことなのか。大きな不幸がいまにも起きるのではないかと、不安の虜のまま。映画が始まって、終わるまで。終わっても不安のまま。映画を見て、こんなことになるなんていままでなかった。映画のあいだの絶え間ないざわざわ感は、おぞましいシーンの連続と独特の効果音のせいでもある。

誰も言ってないし何も書いてないが、ヒトが皆、最後には必ず経験するアレのことを暗示しているのではないか。暗い。食べ物も飲み物もなく、足元はぬかるみ。走れば、草が肌を傷つけ、気味の悪い虫たちが顔をはい回り、耳に忍び込む。自分がどこにいるのかわからない。呼び声はするが、どっちに行けばいいかわからない。
怖すぎてすぐには2度見る気にはなれないが、たぶんまた見ることになる予感。

「アベンジメント」(19年 英)原題 Avengement

スコット・アドキンスが暴れまわるB級映画。ブログで”こういうのもアリだよね”と、よさげな書き込みがあったのに。うーん、ギャングのボスの兄貴の片棒を担いで、捕まった刑務所で暴れる、逃げ出す途中で警官相手に暴れる、酒場で暴れるで、ずーっと暴れる。刑務所で何度も殺されそうになったのはチクられたと入れ知恵された兄貴に賞金をかけられたと知るや、最後は皆殺し。
スコットが刑務所でヤラれる凄まじい暴力シーンは、気分が悪くなるほど。どの国でもギャングはイヤな感じがするものなのだが、なんだか英国のギャングが余計にそう思えるのは口汚いスラングのせいか。見ない方がいいよ、Netflixで公開中のこの映画。

2019年10月18日金曜日

ロバの耳通信「テイキング・ライブズ」「境界線」

「テイキング・ライブズ」(04年 米カナダ)

ヒロインのFBIプロファイラーがアンジェリーナ・ジョリー、サイコの殺人犯がイーサン・ホーク、チョイ役ですぐに殺されるゴロツキがキーファー・サザーランドとこれ以上ない配役。タラコ唇のアンジェリーナ・ジョリーは好きな女優ではないが、この映画の中のアンジェリーナはセクシーでかわいい。イーサン・ホークもおもいきり異常者。DVDで初めて見て以来、何度目かの「テイキング・ライブズ」だが、よくできたストーリー展開と各シーンの丁寧な造りのセット、例えばサイコが暮らした隠し部屋などはよくできていて見るたびにドキドキ。
極めて個人的な好みではあるが、ケベック市警の刑事役(だから半分はフランス語)でイスタンブール生まれの仏俳優チェッキー・カリョ<「そして友よ、静かに死ね」(11年 仏)でロマ人(ジプシー)のギャングを演じたが、主役のジェラール・ランヴァンとともに、哀愁あるギャング役がメッチャ渋い。ジャン・ギャバンを思い出す・・>が良かった。
傑出したミステリー映画だと思うが、意外に評価は低い。まあ、映画というのは所詮、「好み」だから。

「境界線」(17年 アイスランド・米)

アイスランドを訪問中の若いカップルだけがなぜか、無人の街に取り残されるというある意味心躍る(うーん、ワタシだけか)映画。誰もいなくなったショッピングモールだから、服も食料もすべてタダ。車も乗り放題。どの家も住み放題。自分でメシの心配をしなくてはならない不便さはあるのだけれど、こういうの楽しいんじゃないかと思う。片方だけが残されるという暗いラストなのだが、アイスランドの大自然はとにかく美しい。行ってみたい、アイスランド。寒そうだけど温泉もあるし。
なぜ二人だけが取り残されたかとかそういう説明は一切ない。怪しげな説明をされればウソっぽくなってしまうからこのままでいい。

2019年10月14日月曜日

ロバの耳通信「インデックス」「ママの狙撃銃」

「インデックス」(17年 誉田哲也 光文社文庫)

姫川玲子シリーズ「ストロベリーナイト」(08年 光文社文庫)ほかで、すっかり姫川ファンになっていたから、姫川警部補の活躍短編集ということで期待しながら読み始めたが、すっかり戸惑ってしまった。「小説宝石」など月刊誌などで発表されたものを搔き集め文庫にした8編の短編集。途中でやめようと思ったのだが、冷静に考えれば、面白くないわけではなく、誉田の作品に過度の期待をし過ぎただけかと。最終の2編「夢の中」「闇の色」が連作になっていて、わが子を捨てても浮かぶことの出来なかった女を描いた掌編が感動した。400ページ強、最後まで読んでよかったとしみじみ。誉田も姫川もやっぱりワタシを裏切らなかった。

姫川玲子シリーズの面白さは、姫川をはじめ一緒に働く刑事たちの突出したキャラクター。”ガンテツ”勝俣警部補、”有罪判決製造マシン”日下警部補、”たもっつあん”石倉巡査部長、ほかたくさんの刑事たちが実にユニークに描かれている。ワタシの好みは自らを、姫川と”赤いワイヤーロープで結ばれている”と横恋慕し、インチキ関西弁で姫川を口説くことをやめない楽しいキャラの井岡巡査部長だ。

「ママの狙撃銃」(08年 荻原浩 双葉文庫)


裏表紙の解説に”荻原浩の新たな地平”とあって、イヤな予感がした。流行作家が新機軸を打ち出したと書かれていたら、ワタシの読書経験から、それは著者の著者らしさの喪失であり、「だいたい」は面白くなくなると思っているから。「だいたい」と書いたのは、ハードボイルド作家の北方謙三が「三国志」(01年~ ハルキ文庫)ほか中国古典でワタシを虜囚にしてしまった例外を知っているから。

萩原については面白い作品がいくつかあったという程度の印象だったのだが、この「ママの狙撃銃」は全く好みに合わなかった。ママは幼い頃アメリカで育ち、暗殺を生業にしていた祖父に銃の扱いを教わり、祖父の友人の誘いを受け一度だけだが暗殺の仕事をしたことがあると。日本に戻り、今は夫と子供ふたりの平凡な暮らしの主婦に、25年ぶりに暗殺の仕事が舞い込むーと、まあ、とんでもないスジ。萩原は文章がうまいのだからハードボイルドに徹すれば面白い題材になったと思うのだが、ユーモアとドタバタコメディの味を付けすぎて、中途半端なものになってしまった。うーん、荻原のマイナスポイントが増えた。

2019年10月7日月曜日

ロバの耳通信「バード・ボックス」「ザ・グラビティ」

「バード・ボックス」(18年 米)

見たら死ぬ”のキャッチコピーだけを標(しるべ)に、自分もアイマスクをしている感覚。手探りで、何かが出てくる、今に出るぞとオバケ屋敷の怖さ。何が出たか、何が怖かったか、ココでは明かせない。是非、見てくれ。サンドラ・ブロックと二人の子供が良かった。ワタシも彼らと一緒に、目隠しをして逃げた。
昨年末にヒットした映画がほぼ1か月でネットで見れる。なんだか、おかしな世の中になったものだと思うが、おかげでインフルエンザにびくびくしながら映画館に行かなくていいし、気に入ったところを何度も楽しめる。ただ、これでいいのかといつも思っている。

「ザ・グラビティ」(13年 独)

サンドラ・ブロックが宇宙に取り残された「ゼロ・グラビティ」(13年 米)に比べ、CG<コンピュータグラフィック>以外で競うところはない。つまりは「ゼロ・グラビティ」より、ずっとつまらない作品。
粒子加速器でブラックホールを作ったらそのブラックホールのせいで地球のコアが止まってしまいーどういう根拠かわからない、ここらへんを観客を納得するような説明をしてくれれば、よかったのに、地球滅亡の危機にーというパニック物。父子家庭の娘の非行やら、若い科学者の活躍やら、いくつかのサブストーリーが語られる。それらが段々とカタチを見せながら大きな映画の流れになり人々の愛と力で地球を救うーというのがパニック物の定石だとおもうのだが、脚本の甘さか「ザ・グラビティ」のサブストーリーはバラバラで時間だけが過ぎ、最後までどこにも集約することもなく途中で飽きてしまった。
「ゼロ・グラビティ」は登場人物はほぼふたりだけ、ステージも宇宙船だけという舞台劇のような設定で息をつかせぬ物語だったのに。

2019年10月3日木曜日

ロバの耳通信「神と共に」「誰よりも狙われた男」

「神と共に」第一章:罪と罰 17年)(第二章:因と縁 18年 韓国)

韓国で大ヒットしたという2部作だが、日本ではテレビCMの割りに話題にもならなかった。
ストーリーは人命救助中に亡くなった消防隊員と兵士を無事輪廻させるために3人の男女の弁護人が一緒に地獄めぐりをするというもの。地獄には7つのゲート、それぞれにナントカ地獄とよばれているところがあり、それぞれにエンマ大王みたいなのがいて、輪廻に適する(生まれ変われる)かどうかを裁く。悪事や怨みを持っていると輪廻に適さないということで巨大石臼に潰されたり、奈落に落とされたりの無限地獄に。第一章は消防士の地獄めぐりの旅で副題のように罪と罰がテーマ、第二章は消防士の弟(発砲事故で死亡)の兵士の旅では、弁護人たちの遠い過去の結びつき(因縁)が語られ、そして泣かせる。うーん、負けた。


韓国ウェブ漫画の映画化ということと韓国人と日本人の生死感は違うと思い込んで舐めていたら、段々引きずり込まれてしまった。韓国映画の底力は到底邦画の及ぶところじゃないと実感。地獄のオドロオドロしさや、魔物・怨霊・はては恐竜との戦いなどグラフィックの出来が半端ない。配役も韓国映画ではおなじみの役者たち。たくさん見てる割には、名前と顔が一致していないが、監督のキム・ヨンファ、配役のハ・ジョンウ、キム・ヒャンギ、チェ・ジフンなどなど確かになじみの面々。制作としても力をいれたということか。特に、キム・ヒャンギの可愛さがよかった。いま18歳、韓国にはいないタイプ。

「誰よりも狙われた男」(14年 英米)


ドイツ・ハンブルグを舞台にしたスパイ映画。原作は英国の小説家ジョン・ル・カレの同名のスパイ小説(14年 ハヤカワ文庫)。ル・カレらしく騙し騙されのスパイミステリーでとても数行で説明できるものではないからやめるが、ドイツ諜報機関のテロ開発チームリーダー役をフィリップ・シーモア・ホフマン(あの「カポーティ」(05年 米)でアカデミー主演男優賞を獲った米俳優)が好演。結局彼もCIAと組んだ警察に裏切られる格好悪い役(本作が遺作)。スパイたちの顔やしぐさ想像しながら読んだ本も面白かったが、この映画では後ろ暗い過去を持つ銀行家をウィレム・デフォー、テロリストを助ける女弁護士役にはゼンゼン見えないとても色っぽいカナダ女優レイチェル・マクアダムスなど個性的な配役も、音楽も良かった。

ル・カレをはじめて読んだのはワタシが20歳の頃。片っ端から読んでいた新書版サイズのハヤカワノベルスのなかで見つけた「寒い国から帰ってきたスパイ」(64年 ハヤカワノベルズ)、それ以降ずっとファンで「パーフェクト・スパイ」(94年 ハヤカワ文庫)、「影の巡礼者」(97年 同)、「ナイロビの蜂」(03年 集英社文庫)、「地下道の鳩―ジョン・ル・カレ回想録」(18年 ハヤカワ文庫)など今に続いている。どれも薄暗い地下道を歩くような気持ちになる作品ばかりだが、どんなに迷っても出口を見失うようなことにならないから不思議。