2018年12月5日水曜日

ロバの耳通信「裏切りの街」「アリーキャット」

韓国映画の暗さや血生臭さ、ハリウッド映画の度肝を抜く楽しさ、フランス映画の気怠さーのようなステレオタイプなものばかりを求めるワケではないが、映画にはやっぱりドキドキやワクワクが欲しい。普段の暮らしでは得られない事を映画に求めているのだから。日本映画はどこに向かっているのだろうかと考えこんでしまった2作。

「裏切りの街」(16年 邦画)

フリーター役の池松壮亮、主婦役の寺島しのぶがハマっていた。出会い系サイトで出会い惰性で情事を重ね、それぞれのパートナーに知られてしまうというソレダケの物語。そのパートナーたちもそれぞれに浮気をしていたというのが題名になっているオチらしいのだが、愁嘆場も殺傷事件もなにもない。池松や寺島が役とは違った俳優で、それぞれに役に合った役作りをしていたというのならスゴイと思うが、ふたりともほかの作品との役との違和感がない。つまりは、不倫以外に何も起きない「平凡」な映画なのだ。
コピーが”人は、なんとなく人を裏切る”とある。出会い系サイトとかダブル不倫とかが当代の「日常」だとしても、「なんとなく」こんなことができるのか、イマの人は。

「アリーキャット」(17年 邦画)

窪塚洋介と降谷建志(Dragon Ash)の「夢の」共演が話題になり、ストーカーからふたりに守られる母子家庭の母親役が「あの」市川由衣ということで期待をして見た。窪塚はいつもの窪塚らしいが、孤独な元ボクサーという役柄は格好付け過ぎ。「呪怨、呪怨2」(03年 邦画)で主役を張って存在感のあった市川だが、この作品では暗い印象だけをかろうじて保ったものの、場違いの表情やセリフは役作りに失敗したんじゃないのか。降谷は天然というか、いいノリでよかった。お笑いコンビ「品川庄司」の品川ヒロシのストーカー役もピッタシ。wikiを見たら、降谷も品川も俳優としてのキャリアがあるらしい。ワタシは素人だと思っていた。ほとんどストーリーがなかった「裏切りの街」とは違い、ストーキングやら臓器売買やらストーリーもしっかりしているし、登場人物の多様さ、謎の人物みたいなのがゾロゾロー、個性のあるワキ役たちのせいかメッチャ楽しめた。「アリーキャット」は裏通りなどをうろつく野良猫のこと。

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