2020年12月20日日曜日

★ロバの耳通信「少女外道」「凍土の密約」「鎮火報」

「少女外道」(13年 皆川博子 文春文庫)

裏表紙の”自分が苦しみや傷に惹かれる「外道」であることを知った”という私には初めての作家の短編集。どの作品も「少女」「外道」の軸のまま、古風だけれども、洗練された文章で書かれている。現在90歳の著者の70歳ころの作品らしい。医者でもあり心霊学者でもあった父親(塩谷信夫)の影響を受けたであろうと察せられるこの作品はミステリアスで官能的だが、いずれも太平洋戦争前後を舞台とし言葉も道具立ても古めかしいから若い人にはピンと来ないかもしれない。いずれにせよ昨今の小説とは一線を画するものとは異なるのは確か。

”「僕は溺死しかかっているんだから、近づかない方がいいよ。溺れそうになっている者は、手近にある何にでもしがみつくだろう。僕にしがみつかれたら、君も溺れる」「溺れてもいいです」千江は言った。”
というくだりがある、妙に共感を覚えた。心中の感覚を文章にするとこうなるのか。


解説を黒田夏子(小説家「abさんご」(13年 文藝春秋))が書いている。10ページ足らずの解説が的確でひとつの「作品」の重みを持っていることにも感動した。作品を読んだあとで、この解説を読んでほしい。私は解説のせいで、また本編をもう一度深読みせざるを得なくなったが、おかげでより共感を得ることができた。

「凍土の密約」(12年 今野敏 文春文庫)

今野の作品は刑事モノが多く、この作品も刑事モノの「凍土の密約」では公安刑事の主人公がロシアがらみの連続殺人事件を解決に導く。この主人公がロシア通で官費使い放題でロシア通商代表部の担当官とメシを食ったり、縄張り争いから警視庁の一般の刑事たちと反目したりするところは全く知らない公安警察の組織の話で興味深かった。一方、主人公が上の顔色を見ながら失点を恐れながらも公安部のエリート集団”ゼロ”を目指すところなど、会社員が企業の上位組織入りを狙うのに似て、どこも同じだなーという感想も。
一種と言えるのかもしれない。この表題は太平洋戦争後にロシアとアメリカで占領地日本の扱いで、現在の国境とは違う合意文書を作っていたらしいといういかにもありそうな話で、右翼の大物フィクサーが出てきたり、出版社に勤め情報を集める公安刑事やら、ロシアの女スパイやらもいて登場人物の多様さがストーリーに幅を持たせている。

昔、ロシアがらみの仕事をやった経験がありロシア通商代表部でジャム入り紅茶を御馳走になったり、結構親しくなった担当官もいたのでなんだか懐かしい気持ちになった。元駐ロシア外交官の佐藤優の本はほとんど読んだし、ロシアには何となく愛着を感じているし、ロシア料理大好き。

この公安刑事シリーズは何作かあるようだから、探して読みたい。

「鎮火報」(10年 日明恩 双葉文庫) 副題 Fire's Out

「埋(うず)み火」(10年 日明恩<たちもりめぐみ> 双葉文庫)で面白さに味をしめて読んだ消防士の物語。主人公ほかその母親、友人、同僚、はては行きつけの中華料理店のコックなど登場人物のキャラが際立っていて実に面白かった。続編、大いに期待。

0 件のコメント:

コメントを投稿