2024年3月10日日曜日

ロバの耳通信「セイフ ヘイブン」「誘拐の掟」

 「セイフ ヘイヴン」(13年 米)原題:Safe Haven

映画の中のジュリアン・ハフにひとめ惚れしてしまった。バレンタインデイに合わせ公開された、甘々の恋愛映画。ふだんはあまり見ないこの手の映画だが、原作が「きみに読む物語」The Notebook(04 米)で大当たりしたニコラス・スパークスということで。ストーリーは子連れの男が出会った女と仲良くなるが、女は殺人罪で指名手配されていたというストーリー。

出会いのシーンやこもれびの湖をボートでめぐるところなんてありきたりだが、ジュリアン・ハフの表情がたまらない。

ため息が出るほど美しいのだ。このあといくつかの映画でジュリアン・ハフをチェックしたが、なんだか。

「セイフ ヘイヴン」で、ジュリアン・ハフのとびっきりキレイな時を、名カメラマンが撮ったーというのがワタシの感想だが、結局この映画、ジュリアン・ハフのお気に入りの表情を見るために何度も見た。

ジェニファー・アニストンが気に入って、「すべてはその朝始まった」(05年 米)を何度も見た時の事を思い出した。


「誘拐の掟」(14年 米)原題: A Walk Among the Tombstones

ミステリー映画のデキは原作で決まる。元刑事で今は私立探偵だというクールな主人公なんて、ハードボイルド小説のステレオタイプ。原作はローレンス・ブロックの「獣たちの墓」。主人公探偵マット・スカダー役のリーアム・ニーソンはあんまり好きじゃないけれど、監督・脚本(スコット・フランク)に助けられたか、渋い作品に仕上がっている。

はやりのCGや派手なドンパチに食傷している昨今。こういうジミな映画で寒い日のホーム・ステイも捨てたもんじゃない。

2024年2月29日木曜日

ロバの耳通信「1944 独ソ・エストニア戦線」

 「1944 独ソ・エストニア戦線」(15年 エストニア)原題:1944

第二次世界大戦で占領軍ドイツ側とこれを迎え撃つロシア側の二手に分かれ、同じ国の国民たちが殺し合うことになってしまったエストニア兵士たちの物語。初めてのエストニア映画だったが、画像はキレイで音楽もピッタシ。なにより、誰も知らない俳優たちが、演技なのか天然なのかの想像もつかないがなかなかソレらしい兵隊たち。気負わず自然で、怒ったり悲しんだりの”彼ら”に親しみを感じるのだが、みんなあっけなく死んでゆく。喪失感が半端ない。

塹壕の中を走り回るシーンが多く、さっきまで攻略サイトを見ていた戦争ゲームのCall of Dutyを思い出した。ゲームのように不死身のヒーローは出てこない。主人公がいないから丸太を断ち切るような終わり方。悲しみだけが残った。

エストニアについて全く知らなかった。大国に挟まれ同じ国の人々が殺し合ったという歴史を知って、朝鮮戦争やベトナム戦争を思った。

香港でも、ミャンマーでも同じことが起きている。

2024年2月20日火曜日

ロバの耳通信「UKコネクション」「レジェンド 狂気の美学」

 「UKコネクション」(15年~ 英)

邦題の付け方に感心することもあるが、この邦題は”意味わからん”の極み。

50年代の英国で活躍(?)していた実在のギャング、クレイ兄弟の伝記映画で「伝説の幕開け(15年)原題:The Rise of the Kraysと「狂気と破滅」(16年)原題:The Fall of the Kray の前後編からなる。実際の兄弟はかなりのワルだったらしいが、ケヴィン・レスリーとサイモン・コットンが冷徹レジーと狂気ロニーの一卵性双生児の兄弟を演じていて、例の鼻にかかったキングス・イングリッシュといつもきまっているスーツ姿がメッチャ格好良くてまいった。

<ふふふ、実は英国かぶれなのだ>

ワタシは学生時代の英語教育を読み書き中心の日本人英語だけで育ち、仕事でアメリカ英語に少し慣れた40歳後半に、香港生まれの英国人の個人教師について半年くらい本格的に”英”会話を学んだことがある。年下の英国人から、ワタシの通じればいいやの俗語だらけの米語のひとつひとつを細かく言い直させられ、なによりも会話するときは正面からメを見て、語尾までキッチリと100%通じたと確信するまで話すこと。良く分からなかったら、曖昧にニヤニヤせずに、こういうことをあなたは言っているのだねと言い方を変えて、相手に確認することで、聞き取りと話す力を付けることを学んだ。最もタメになった半年間だったとおもうが、何とかは易きに流れのたとえのように、その後のアメリカ暮らしで、すっかり元の、”通じればいいや”に流れてしまった。たまにBBCドラマとかを見ていると、その香港生まれの英国人をなつかしく思い出す。


大ファンのトム・ハーディーが一人二役でクレイ兄弟を演じている「レジェンド 狂気の美学」(16年 英)も好きな映画だ。トム・ハーディに狂気を演じさせたら無敵。「ヴェノム」(18年 米)なんか、最高だね。映画そのものはコミックの焼き直しだから、まあつまらないのだが、トム・ハーディの狂気は良いよ~。

悪人に憧れても、実際はハエ一匹も良心の呵責なしに殺すこともできない小心モノのワタシは映画のなかでワルになり切り白日夢に酔いしれる。

2024年2月10日土曜日

ロバの耳通信「沈まない三つの家」「福福荘の福ちゃん」

「沈まない三つの家」(13年 邦画)

離婚するからどっちと暮らすか決めろと告げられた姉妹(神田家)、自転車のカギを失くしたため父親に迎えを頼んだがその父親が途中で事故を起こし死んでしまったため、母親に”あんたがわがままを言わなければ・・”と責められた女子高生(相模家)、スマホに夢中になり目を離した隙に幼い息子を川で失くした母親(最上家)-の三つの家の物語を描いている。それぞれに重い物語で、十分悲しいのに三つの物語を行き来しながら川を中心につないだだけの脚本だからか、感情が長続きしない。悲しさは浸るからより感情が高ぶり感動につながるのだ。オムニバス映画や短編小説集は、かなりの名作でも振り返ってみても感動したのはひとつかふたつ。
「沈まない三つの家」はどれも悲しい物語なのだが、充分に浸れなかった。

「福福荘の福ちゃん」(14年 邦画)

いわゆる人情ドラマで、普段はほとんど見ることがないのだが、予告編で見たペンキ塗装屋のオッサン役の大島美幸(森三中)の表情が良く、大ファンの平岩紙(この映画でも、いい感じ)も出ていたのでチョイ見のつもりが、結局最後まで見てしまった。ストーリーも役者のキャラも作りすぎのこそばゆさもあったが、まあ楽しめたからヨシ。
エンディングにつながる挿入歌「出発の歌」(上條恒彦と六文銭)が懐かしく、滲みた。


2024年1月30日火曜日

ロバの耳通信「LOOPER/ルーパー」「ラスト・ガン 地獄への銃弾」

「LOOPER/ルーパー」(12年 米)

また、見てしまった。昔と違い、また見たいからといってDVDを買っておいたり、借りたりする必要がない。こういう「いい映画」だと、必ずどこかのネット動画サイトにアップロードされているから、それをクリックすればいい。だいたいは映画館かDVDで見ていて、切り取ったシーンにじっくり浸るような映画でもないし、何度も見ているから動画の質がどうかとかいうこともほとんど気にならない。気楽に楽しむだけ。

お気に入りの映画を場末の封切館のタバコの煙とエアコンの音、はたまた通路奥のトイレから流れてくる怪しげな匂いと一緒に一人で見てる感覚だ。映画好きにしかわからないか、まあ、いい。

とにかく、この映画はタイムトラベルを題材にしているから、一度見たくらいでは辻褄が合わないというか、スジを貧弱なアタマで整理できていないから、何度も見て矛盾の少ないマイストーリーに脚色しながら見る必要がある。もちろん、ストーリーは最高に面白い。ワタシが請け負う。出演は細いネクタイがメッチャ似合うジョセフ・ゴードン・レヴィット「スノーデン」(16年 米))、ワンパターンの演技ブルース・ウイルス、メッチャ色っぽいエミリー・ブラントとか、(知らないけれど)すごい演技だった子役とか、堪えられない配役。
いちど見ただけでは不思議感が払拭できず、何度も見るハメになった映画、たとえばM・ナイト・シャマラン監督の「シックス・センス」(99年 米)とかもこのクチ。また、見よう。

「ラスト・ガン 地獄への銃弾」(14年 米)原題 By The Gun

安っぽい邦題がついているし映画評も最低だったが、大ファンの英俳優ベン・バーンズの主演ということで。アバタもエクボというのだろうが、ベン・バーンズはやっぱりいい。wikiでチェックすると、「ナルニア国物語」シリーズ(10年~)が代表作ということになっているが、どうもこういうファンタジーものは体質的に受け付けない。ベン・バーンズの真骨頂は悪役。「ラスト・ガン」では、望んでイタリアン・マフィアの組織の一員となったものの、友人や恋人との関係に苦しむ内気な若者を演じたが、ワタシが好きなベンは「Marvel パニッシャー」(17年 米)で主人公にガラス破砕機で顔をメチャメチャにされた敵役ジグソウを演じたベンだ。
「ラスト・ガン」の見どころというか、完全にワタシだけの好みなのだろうが、若者と恋人役レイトン・ミースターの出会いのシーンがいい。レイトン・ミースターはほかのいくつかの作品でも見たが、この映画の役が一番カワイイ。
驚いたのがラストシーンで、マフィアのボスを撃ち殺された若者の仇をとったのが、ベンの友人だと思っていたら、うーん。あまりに意外なラスト。ワケを考えていたら、ああ、これは悪の輪廻というか、終わらない物語なんだなと。


2024年1月20日土曜日

ロバの耳通信「ゲーマー」「オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜」

「ゲーマー」(09年 米)原題:Gamer

マインドコントロールされた死刑囚を使った戦争ゲームの主人公をいつものタフガイ、ジェラルド・バトラーが演じる。役に合ってるけど、いつもの不死身のジェラルドに飽き飽き。時代設定が2034年ということだが、VRゲームの進み具合を見てると生身の人間を使ったアバターゲームなんて、意外に早く実現する気がする。

昔、「セカンドライフ」というネットゲームが流行ったが、無限に増えてゆくアバターたちと意味のない話をしたり、街づくりにも参加したが実生活と同じ平凡の繰り返しに、あっという間に飽きてやめた経験がある。ゲームは普段できないこと例えば、犯罪や人殺しのインモラルができるから面白いのだ。

いまでも時々遊んでいるバイオハザードでは、ゾンビ相手にムチャ振りの戦いを仕掛け、あっけなく死んでリセットしてはまたゲームに参加している。遊んでいて気付くのは、アバターだから死ぬことに怖さはないから、夢中になって主人公と同化してゾンビ殺しに浸る。インモラルにハマってしまい、時間を忘れてしまう楽しさ。ゲームは麻薬。


「オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜」(13年 米)原題:All Is Lost

インド洋を航海中のヨットが漂流してきたコンテナと衝突。ヨットを修理したところに、今度はシケでヨットは転覆。次は、救命ボートでサバイバル。ノンフィクション得意の監督ジェフリー・C・チャンダーだからか、ハナシは淡々と進み、盛り上りに欠ける。

大金持ちジジイ風のロバート・レッドフォードは飄々と困難に立ち向かってゆくというと、サバイバル映画らしくないような感じだが、その通り、昔(石原)裕次郎がやった「太平洋ひとりぼっち」(63年 邦画)に近い。
こういう映画は主人公が困難に出会うごとに表情が変わり、極限状態の中で観客に焦燥感や失望を感じさせてくれるから面白いので、金持ちジジイの道楽の失敗程度で終わったりすると、なんだって面白くもなんともない。ハッピーエンドのラストシーンも余計だ。YouTubeの<サバイバル名作集>で見つけた迷作。


2024年1月10日水曜日

ロバの耳通信「空気人形」「許されざる者」

「空気人形」(09年 邦画)

ちゃんと原作もあるらしい(「ゴーダ哲学堂 空気人形」(業田良家 小学館))のだが、映画としてはいいところとあまりわからないところと。ラブドール人形役の韓国女優ペ・ドゥナが微妙にかわいい、板尾創路ほか多彩な配役がそれぞれに個性的、撮影監督(台湾のリー・ピンビン)のおかげで映像がキレイ、なにより原作からもってきたらしい、映画のキャッチフレーズにもなっている“心をもつことは、切ないことでした”とか、人形のしゃべる多くのセリフが象徴的で、賢くわかったフリをしたいのだが、本当のところは難しくてゼンゼンわからない。若い頃、サルトルやカミユをわかったフリをしていつもカバンに入れていた、そんな気分に近い。ゼンゼンわかっちゃいなかったのだ。

監督・脚本・編集の是枝裕和については作品により好みのわかれるところだが、難しい作品をこれだけまとめた力は買ってもいいか。ただ、また見たいと思う映画じゃなかった。

「許されざる者」(13年 邦画)

オープニングの映像や音楽でまずドギモを抜かれた。これ、本当に日本映画かよと。配給はワーナー・ブラザーズだが、監督(李相日)や脚本など製作スタッフこそ日本人は少ないものの、ハンス・ジマーばりの音楽(岩代太郎)や撮影も素晴らしく、ハリウッドの大作にも引けをとるものではなかった。配役も渡辺謙、柄本明、柳楽優弥、佐藤浩市ほか今こういう作品を作るにしてもこれだけのキャスティングはできないだろう。
特に記憶に残ったのは遊女役の小池栄子。ボロ衣装に浅黒い顔から射込んでくる双眸の鋭さ、最近はバラエティなんかにも出て柔和な表情を見せることも多い小池栄子も昔は確かにこういう女優だったと。

「許されざる者」はアメリカのアカデミー作品賞を受けた同名の映画(92年 米 クリント・イーストウッド監督、主演)のリメイクだという。
個人的な意見だが、オリジナルよりこの日本映画のほうが、断然良かった。両方とも見てはいないカミさんに言わせると、そりゃそうでしょうと。観客の自分と映画の距離感が違うと、うーん、確かに。