「水神」(すいじん 帚木蓬生 09年新潮社)
極貧の農民、水飢饉に悩む庄屋、老いた役人のそれぞれの物語が九州の筑後川の治水工事の史実のなかに格調高い日本語で淡々と語られる。この小説に、「悪人」は出てこない。吝嗇や傲慢はあっても、謀略や裏切りは出てこない。ワルモノを次から次へ登場させ、裏切られあるいはそれに打ち勝って、ハッピーエンドで終わるような安直さはない。難関の繰り返しだから平穏無事なはずはないのだけれども、辛い、苦しい、そこまでやるかといった深淵を覗かせることもない。志(こころざし)は悪と対比しなくても、まっすぐに読者に伝わる。
著者は執筆中に白血病が発見され、下巻はベッドで書いたという。断じて、諦観ではない。人の本質が悪ではないことを改めて認識させる860余ページを一気に読み終えたときの爽快感は忘れがたい。
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