2020年6月18日木曜日

ロバの耳通信「ザ・ジェントルメン」

「ザ・ジェントルメン」(19年 米・英)原題:The Gentlemen


監督がガイ・リッチー、主演がマシュー・マコノヒーというだけで見る前から期待が高まる。さらにこの豪華な配役、コリン・ファレルだってワキ役。なんだなんだと血が躍る。この手の映画はカミさんも心からは付き合ってくれないし、やっとコロナ緊急警報がとけたばかりの映画館は最初から選択肢には入っていない。気に入ったところを何度も見ることができるネット動画をひとりで見るに限る。うん、期待を裏切らなかった”英国映画”。米・英合作とあるが、アメリカ人はどんな気持ちでこういう鼻もちならない(メッチャ楽しい)、スノッブ映画を見るのだろうか。

英国で外で食べる朝定食はどこでもだいたい同じ。ソーセージ、豆の煮もの、目玉焼き、トーストなどが大きめの皿に盛り合わせで出てくる。ソーセージがベーコンになったり、トーストがパンケーキだったり、焼きトマトが添えられていたりのマイナーチェンジはあるが、つまりはこれが英国風。ロンドン郊外に住む知り合いは、朝はトーストにバターを塗ったものを深皿に置き、小鍋で温めたハインツのポーク&ビーンズをドバっとかけて、ナイフとフォークで食う朝飯を何十年も食っていると聞くが、そこいらじゃフツーの朝食らしい。

映画の中では大層に和牛ステーキと高級スコッチが出てくるが、もちろんゼンゼン似合っていない。つまりはそんな英国たっぷりの映画。モゴモゴと口の中で発音する英語、ウイットといえば聞こえはいいが、皮肉たっぷりのセリフ、そしてキレのいい暴力。いい女が出ることは稀で、この映画もそう。気取って美女風に登場するミシェル・ドッカリーが一番いい役。だいたい好みじゃないけれど、”英国映画”だと思えば、許せる。

スジはなんのことはない、マリファナで富を築いたギャングが引退しようとマリファナのサプライチェーンを金持ちに売ろうとしたところ、買い手の金持ちの裏切りにあうーそんなクライム映画。悪いのがたくさん出てくるが、みんな英国紳士風なのがなんだかオカシイ。ジェームスボンド「007」シリーズ(53年~)、「キングスマン」シリーズ(14年~)、「コードネームU.N.C.L.E.」(15年)などと同じ味付け。面白い映画だよ、コレ。

2020年6月12日金曜日

ロバの耳通信「ハウスメイド」「下女」

「ハウスメイド」(10年 韓国)

題名とポスターから、大金持ちの家に雇われた若いメイドが、その家の主人に手を出され、というか手を出させて妊娠し、主人の妻に追い出されるスジだろうと予想していたら、まさに想像通り。うーん、こういうのはよくある話なのかな、やっぱり。無理やり堕胎させられたメイドが大邸宅の居間で首つり、焼身自殺するというラストは予想はしていなかったものの、衝撃というほどもなく、ただのグロ感。
大邸宅やら食事やら、韓国の大金持ちって、こんなにすごいのかという驚きはあったが。まあ、ハウスメイド役の女優が美人じゃなうけど妙に色っぽかったからいいか。
イム・サンス監督が”現代韓国の階級問題を正面から描きたかった”と。まあ、キモチはわかったけれど、大金持ちと市井の人々の暮らしの違いなんてどこにもあるものだし、韓国だけが特別でもないだろうに。

「下女」(60年 韓国)

「ハウスメイド」は、「下女」のリメークだというからそっちも見たら、狂気というかとにかく恐ろしい映画だった。作曲家の夫は工場で女子工員相手のピアノの先生。妻は新居のために内職のミシンがけ。娘は身障者で息子はキカン坊。大金持ちの設定ではないから、下女を雇う理由が妻の出産。内職しつつと下女を雇う矛盾はあるが、この映画も「ハウスメイド」と一緒で、あちこちおかしなことだらけだからまあいいかと。下女に言い寄られた夫は下女を抱いた。妊娠した下女は妻の暴力で流産。下女は夫を恨み、夫の息子を殺害。さらに、ネコイラズで下女と夫は無理心中・・・まあ、よくこれだけの愛憎劇を思いついたものだ。モノクロの画面やオーバーな演技は、江戸川乱歩の古い日本映画を見てるよう。こっちの映画の主題は、女たちの愛憎に押しつぶされる男。映画としては「下女」のほうがずっといい出来なんだろう。

「下女」のポスター見ていたら、「ハウスメイド」と同じ韓国語の表題文字。そうなのか、どっちも原題は「下女」だったのか。うん、どっちの女たちも怖いが、世の中怖くない女なんてどこにもいない。

2020年6月6日土曜日

ロバの耳通信「ジャージー・ボーイズ」「スニーカーズ」

「ジャージー・ボーイズ」(14年 米)原題:Jersey Boys

浸りたい時にはミュージカルと決めている。元気を出したい時、泣きたい時、気持ちよくなりたい時、スカッとしたい時とか。最近は映画館に行くことも殆どなくなって、もっぱらノートPCか寝る前のスマホの中のネット動画のお世話になってる。ネット動画の良いところはほぼタダなこと、トイレや寝落ちで中断したら少し巻き戻して都合の良い時に、切れ目なく見ることができること。大画面じゃなけりゃとか思うこともあるが、インフルやらコロナやら命を犠牲にするほどの事じゃない。

とにかく、浸りたいときはミュージカル、ということで今回はこの映画「ジャージー・ボーイズ」。60年代に流行った米ロックグループ「フォー・シーズンズ」の伝記映画で、監督がクリント・イーストウッド。原作は同名のブロードウェイミュージカルだというが、もはやブロードウェイの舞台を見ることなどおよびもつかなくなったのは残念。帝劇で日本版のミュージカルもやったようだけれど、60年代のヒット曲を日本の歌手で聞いてもなんだかこそばゆく思うだけだと思うから行く気も起きなかった。ブロードウェイミュージカルを日本人がやってもつまらないこに身をもって懲りたことが何度もあるからね。その意味では、ワタシは間違いなく<洋物カブレ>

出だしの「シェリー」や、山場での「君の瞳に恋してる」やら、「懐かしのメロディー」にたっぷり浸ることができた。良かったよ。

「スニーカーズ」(92年 米)原題: Sneakers

コンピューターハッキングを題材にしたクライム映画。ロバート・レッドフォードの主演ということから、古~いアクションを予想し、見始めたらコレが目を離せないほど面白かった。こういうときの気持って、海岸を散歩していたら思いかけず砂の中から金貨、はオオゲサだがなんだかすごく得した感じ。古い映画を動画サイトで漁る楽しみってあるね。

画像こそ古いものの、ハッキングとか、迂回通信とか今から考えたら約30年も前とは思えない技術が明かされていて楽しかった。また、シドニー・ポアチエとかダン・エイクロイド、リバー・フェニックスとか個性あふれる役者を配したグループを組んでワルの巣窟に侵入するなんてのは、「七人の侍」(54年 邦画)や「スパイ大作戦」(66年~ 米テレビシリーズ)のパクリだが、映画全盛期の時代だからこんな豪華な配役もできたのだろう。
ロバート・レッドフォードの恋人役で出ていた当時30代後半のメアリー・マクドネルがなんとも色っぽくて良かった。今の若すぎる女優とはゼンゼン違うタイプの”アメリカの明るいオバサン”の感がメッチャ好き。



2020年5月28日木曜日

ロバの耳通信「アルゼンチンババア」「五年の梅」

「アルゼンチンババア」(06年 よしもとばなな 幻冬舎)

表紙を見ただけで、あ、これはいけないと。涙の予感だ。奈良美智のイラストの少女の顔がいままで読んだよしもとの何冊かを思い出し、それだけで泣きそうになった。最後まで読んで、奈良美智の挿絵が映画のエンドロールのように現れ、「名もなく貧しく美しく」(61年 邦画)を見終わって暗い映画館で大泣きしたことまで思い出した。

「アルゼンチンババア」には、どのページにもよしもとの「死の予感」が描かれていて、ミシリミシリと薄氷を踏みながら恐々歩く感じだ。そのくせ、どこも優しかった。映画化(同名 07年 邦画)もされているのだが、配役がイケナかった。映画にしないほうがいい作品もあると思う。哀しくて優しいよしもとの本の思い出をそのままにしておきたくて、映画は半分も見ないうちにやめてしまった。

「五年の梅」(03年 乙川優三郎 新潮文庫)

乙川の作品では先に「椿山」(01年 文春文庫)を読んですっかり惚れ込み、山本周五郎賞を受けたという本作にたどり着いた。

5編の短編を収めた本書では、「五年の梅」が突出してよかったのだが、それでも「椿山」のときの感動はなかった。ほかの4短編も含め、物語はよくできているものの、心情の描写が浅い感じがした。物語のスジや結末を纏めることに作者が急ぎ、乙川が持っている、待つとか過ぎるとかいう忘れられない「間(ま)」の哀しさが描けていない。
時間の流れがいつも平穏や静けさにつながるわけでもないが、良い物語を描こうと急ぎ過ぎた作品に魅力を感じない。特に、「五年の梅」の目の不自由な娘との交流はホッとさせるものもあるが、ここでは急いでハッピーエンドにするより、叶えられない思いを引き摺ったままのほうが良かったかと。作家が頭の中で書いた絵空事で読者の心を掴もうとするならば幸せの共感より、哀しさの深みのほうが心を打つと思うから。

2020年5月23日土曜日

ロバの耳通信「ザ・アウトロー」「ザ・スクワッド」「ザ・ドメスティックス」

「ザ・アウトロー」(18年 米)原題:Den of Thieves

重犯罪特捜隊長(ジェラルド・バトラー)と銀行強盗団のリーダー(パブロ・シュレイバー)のキャラが際立っていてメッチャ面白かった。ラスト近くの対決の銃撃戦は見所だが、ラストで銀行強盗団のリーダーを操っていたボスキャラが明かされたときは、あまりの意外さに唸ってしまった。あまりに面白い映画だと、ああだこうだの感想が出てこない。唸るだけ。

よく似た邦題のトム・クルーズの主演「アウトロー」(Jack Reacher 12米)の痛快さも好きだが、「ザ・アウトロー」の強面刑事ジェラルド・バトラーが妻との離婚と娘との離別に、車の中で男泣きする人間臭ささは、ずっとココロに刺さった。

「ザ・スクワッド」(15年 仏・英)原題:Antigang

パリ警視庁特殊捜査チームリーダーの刑事を演じているジャン・レノがノワールの影を残していい味。”いつもの”復讐劇。今回は、チームの女刑事(イタリアのボンド女優カテリーナ・ムリーノ「007 カジノ・ロワイヤル」(06年)>の色っぽさには脱帽)を殺され、フランス映画らしくないドンパチで大暴れ。防弾チョッキの上からではあるが、近距離から直撃弾を何発も食らってもピンピンしてるなんて考えられないほどのバカバカしさだが、ヒーローは死なないから安心して見れた。

不死身のジャン・レノもこの映画では60をとっくに超えガニマタ歩きの足元は弱っている様子だが、昨年はパチンコ屋さんのテレビCMにも出ていてまだまだいけそう。

「ザ・ドメスティックス」(18年 米)原題:The Domestics

原題の意味不明。こじつけではあるが、domestic,n は召使で複数形になっているからなにかそういう意味かとも思うがよくわからない。>B1爆撃機<だから政府によるものか>で散布された細菌でアメリカ全土のほとんどの人が死に絶えてしまう。<なぜ、そうなったかというのも、全くわからないままに映画が始まった

離婚調停中の夫婦が、生き残ったギャング団と戦いながら妻の実家のあるミルウォーキーに向かうという物語。ギャング団と夫婦たちの銃撃戦が見もの。ただのドンパチだが、人肉を食わされるわ、性ドレイにされそうになるわ、散弾銃で頭は吹っ飛ばされるわのバイオレンスとグロ満載。アメリカ映画らしいといえばそのとおりだが、ちょっとひどすぎないか。

2020年5月15日金曜日

ロバの耳通信「82年生まれ、キム・ジヨン」「嫁の遺言」「ナイト&シャドウ」

「82年生まれ、キム・ジヨン」(18年 チョ、ナムジュ 斎藤真理子訳 筑摩書房)

韓国のフェミニズムをテーマにしたドキュメント風小説。妻が突然に幽体離脱話法(まあ、多重人格の様子)を始め、夫がうろたえるという出だしから話に引き込まれ、韓国女性のキム・ジョンがいかに男性と差別されてきたかが延々と語られる。韓国「も」日本と変わらないな、という気持ちと、これなら日本の女性のほうがずっと甘やかされているなとも。
いずれにせよ、男側に耳の痛さやうしろめたさを感じさせるには十分。それともうひとつ、女性大統領が生まれた韓国でさえそうなんだから、女性差別はもとより嫌韓も解決される兆しも見えない日本も、あるいはもっと女性差別の酷いイスラム諸国も、加えて黒人差別が全く改善されない欧米特にアメリカ、カースト制を依然解決できていないインドなどなど、この「差別」は、ずっと変わらないような気がする、人間の本質だから。

「82年生まれ、キム・ジヨン」の主人公はナンダカンダ言っても、小金持ちの家に生まれ、大学にを卒業、無事就職、寿退社で優しいダンナと子供に恵まれているのだ。どこの国でも、こんなの不幸せって言わないだろう。名門梨花女子大卒の放送作家の創作読んで、共感したのはどんな人達なのだろう。

「嫁の遺言」(13年 加藤元 講談社文庫)


初めて接する著者で裏表紙にあった”人間がいっそう愛おしく思えてくる珠玉短編集”とあり、期待して読み進めたが7短編の巻頭「嫁の遺言」がまあ、ほかよりは良かったかな、くらい。著者によるあとがきで、大人向けの「おとぎ話」が書きたかったと、ああ、そうなんだ著者にも「おとぎ話」(ワタシのイメージでは、作り話)の意識があったのか。うん、この作家、次回はパスだな。裏表紙の釣りに騙された気分。

「ナイト&シャドウ」(15年 柳広司 講談社文庫)

初めて柳を読んだ「キング&クイーン」(12年 講談社文庫)が「ちょっと」面白い人物設定だったから、同じSPシリーズの本作を読んだのだが、作り過ぎのミステリーというのだろうか、最後までついてゆけなかった。先読みのできる日本の凄腕SP(セキュリティーポリス)がアメリカのシークレットサービスで研修中、先輩シークレットサービスと協力し要人暗殺のテロを阻止するというスジなんだが、「レッドブル」(88年 米)のモスクワ市警刑事(アーノルド・シュワルツェネッガー)とシカゴ市警の部長刑事(ジェームズ・ベルーシ)の面白コンビを思い出した。
アメリカ大統領とシークレットサービスの関係など、雑学知識は増えたが、柳光司のSPシリーズはもういいかなー。

2020年5月10日日曜日

ロバの耳通信「虐殺器官」

「虐殺器官」(10年 伊藤計劃 ハヤカワ文庫)

何度この本を買ったことか。挫折しては、友人にあげたり、本棚の整理の際に捨ててしまったり。コロナ騒ぎで、図書館もBook Offも使えず、近年は新本を買うこともほとんどなくなっていたから、本棚はみるみるスキマだらけ。富にある電子書籍も旧式のタブレットでは読む気にもなれない。で、また「虐殺器官」に何度か目のチャレンジ。

高いハードルだった書き出しを過ぎてしまうと、一気に読み進んだ。手許にある「虐殺器官」は7刷(10)年。初刊は07年というから、書かれてから10年をとっくに過ぎているのだが、書かれている世界は最新のIT本にも引けをとらない。面白さに一気に読んでしまい、味わうヒマもなかったから、落ち着いて再読することにした。

物語は米の情報軍に所属するクラヴィス・シェパード大尉が、テロリストと戦うというだけの話なのだが同僚や敵と交わす会話が啓示的で深みがある。インテリジェンスにあふれるそれらを反芻しながら読み進める楽しさにハマった。

映画にしたら面白いだろうと、wikiをチェックしたら米国や韓国で実写版で映画化が検討されている(16年)との書き込みがあったが、反米思想たっぷりだから米国での映画化は無理だろう。韓国に期待するしかないか。

タイ語字幕付きの劇場版アニメ(邦画)をYoutubeで見ることができたが、ゼンゼンつまらなかった。インテリジェンスあふれる会話をじっくり楽しむには手抜きだらけの脚本で作られたストリーミング動画は似合わないし、主語が自分か他人でかなり違った定義になる思想や概念みたいなものを、ヤングアダルト向けのアニメで表現することの難しさを想像してしまった。オトナの小説ですよ、これは。

<追記>本文を読み終えて体の力が抜けてしまって、飛ばしてしまっていた大森望(翻訳家)による解説文があり、伊藤の母親が息子の臨終の様子を少し書いている。死ぬ前に大好きなカレーを少し食べた話、泣いてしまった。もう、伊藤計劃の本が読めないのが悲しい。悔しい。2020/05/10