2020年9月8日火曜日

ロバの耳通信「アウトブレイク ―感染拡大―」

「アウトブレイク ―感染拡大―」(20年 カナダ TVドラマ」原題:Epidemie/英題:Outbreak

20年1月のカナダでの初放映以来驚異の視聴率で社会現象となった全10話のテレビドラマ。日本国内でもあちこちの動画サイトで見ることができるようになり、アップロードを心待ちにして見た。とにかく怖かった。
ブリーダーからペット販売店フェレット(最初は発生源などもちろん分からない)から突如として流行し始め蔓延してしまった、治療法も予防薬もない新型コロナウイルス(CoVA)との闘いを、緊急衛生研究所の所長アンヌ=マリー・ルクレール博士(ジュリー・ルブレトン)を主人公にを描いている。初期症状がだるさや発熱、咳で唯一の予防手段がマスクと手洗いしかないということなどは、いま流行りのCoVID-19にそっくり。マスクや治験中の治療薬の横流しや、院内感染、人種差別などをいっぱいに詰め込んだドラマだが、コロナ蔓延の現実世界との共通点が多く”追体験”にも似たリアル感にゾッとしてしまった。
発症から約3カ月の第10話で終結宣言。シーズン2の製作が決まったようだから、まだまだ終わらないのだろう。

同名の「アウトブレイク」(95年 米)の時は、エボラなどは別の世界の出来事たと思ってたから、本気で怖がることなんか、なかったのに。

2020年9月5日土曜日

ロバの耳通信「TENET テネット」「ナチス第三の男」

「TENET テネット」(20年 米英合作)原題は:Tenet

監督・製作・脚本がクリストファー・ノーランで、雑誌やネットでも面白いゾと前評判も良かった。予告編もいくつかチェックして、期待満々で見た、のに、である。

Tenetの意味は、上から読んでも下から読んでもの”回文”。早い話が”時間のルール”を解き明かすことで(という映画の説明も実のところ良く分かっていないのだが)、自らが膵臓ガンで余命がないと知ったロシアンマフィアのボスのヤケクソ自爆でもある第三次世界大戦を止めるというスジ。
時間を戻ったり、進めたりの思わせぶりのシーンが延々と進むから、ストーリー展開について行けない。アクション満載に音楽もイカしているから見所は多いものの、こちらの頭、つまり理解力を超えているから映画の中に入り込めない。2時間半の長編は、解説や予告編を見たくらいでは普通に映画を楽しむことさえ何ともならない腹立たしさ、と同時に、難しくて全くついて行けない授業を受けている感。いまさらながら、自らの頭の悪さが悔しい。

なによりワタシの気に入らなかったのが主役のジョン・デイビット・ワシントン。ガタイは良いのに、動きにキレがなく、ヒゲボウボウの顔に表情はない。ワキ役は芸達者を揃えているのに主役だけが浮いている。”あの”デンゼル・ワシントンの息子だと。親の七光りのシロウトが主役で出て、映画を台無しにしてしまっている。
もうすぐ日本公開で3D上映もあるらしい。映画館なら大画面とドルビー音響は楽しめるだろうし、前評判も良いからソコソコ観客も入るだろうが、何度も見たくなる映画じゃない。コロナが怖くても映画館に行くノーランファンを裏切ってはイケナイ。

「ナチス第三の男」(17年 仏・英・ベルギー合作)原題:The Man with the Iron Heart

第二次世界大戦中に冷徹さで”金髪の野獣”と恐れられたナチス親衛隊ナンバー2で、チェコで暗殺されたラインハルト・ハイドリヒの伝記映画。出演はオーストラリア俳優のジェイソン・クラーク。軍服をビシっと決めた碧眼のジェイソンが実にドイツ将校が似合っている。「ターミネーター:新起動/ジェニシス」(15年)ではジョン・コナーを演じ、イイモノ役だったが、ジェイソン・クラークは、こういう怖い役が似合う。大柄、強面の表情と刺すような眼は、いままで見たどの映画の中のナチス親衛隊の将校よりもソレらしく恐ろしかった。
映画後半は彼を暗殺したチェコのレジスタンスの男たちの物語に。映画の主題を途中で変えるのは違反だ。ラストまで見たために、素晴らしい伝記映画がすっかりピンボケになってしまった。残念。

2020年9月3日木曜日

ロバの耳通信「山猫は眠らない8 暗殺者の終幕」「ピッチブラック」

「山猫は眠らない8 暗殺者の終幕」(20年 米)原題:Sniper: Assassin's End

「山猫は眠らない」シリーズ(92年~)はアメリカ海兵隊狙撃手トーマス・ベケット上級特務曹長(トム・べレンジャー)を主人公としたシリーズ作で、「山猫は眠らない4 復活の銃弾」(11年)からは息子のブランドン・ベケット(チャド・マイケル・コリンズ)が主演。ただ、やっぱりこのシリーズはトム・べレンジャー抜きでは面白くないということで以降は主役はチャド・マイケル・コリンズ、大事なシーンでトム・べレンジャーがチョイ出のパターン。
スナイパーが主役のこのシリーズ。「山猫は眠らない8 暗殺者の終幕」では”何と”元AKB48の秋元才加がナゾの日本人凄腕スナイパーに扮し準主役。英語はうまいが、普通のオネーチャン風のオカロちゃんが、どういうつながりでこういう映画にでることになったのだろうか。

このシリーズ、だいたいストーリーはいい加減で、結局最後はワルを一網打尽にするハッピーエンドだからスジなんてどうでもいいが、狙撃シーンは迫力がある。今回も、もはやデブッチョおじさんと化した今年71歳のトム・べレンジャーが大活躍。面白かったけど、もうそろそろオシマイかなと、残念。

「ピッチブラック」(00年 米)原題:Pitch Black/The Chronicles of Riddick

凶悪犯(ヴィン・ディーゼル)を護送する途中の宇宙船がどこかの星に不時着し、エイリアンに襲われるという他愛もない物語なのだが、際立った個性の配役や良くできたセットのせいでVFX全盛の今見ても違和感もなく、スピード感たっぷりのいい作品。個人的な好みだが、助演のオーストラリア女優ラダ・ミッチェル(「サイレントヒル」(06年 カナダ・フランス他)で娘を探す主人公ローズ・ダ・シルバ役で好演)がこの作品でも”いつもの不安顔”で良かった。

「ピッチブラック」はヴィン・ディーゼルのデビュー作でこれ以降「ワイルド・スピード」(01年~)がシリーズ作品として発表され、「ピッチブラック」の主人公であるリディックの名前を題名にした「リディック」(04年)シリーズ、「トリプルX」(02年)シリーズ、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(14年)シリーズ、「アベンジャーズ」(18年)シリーズに出演したのだが、シリーズ作品の常としてマンネリ感から脱することができていないというのが、ワタシの感想。いい役者なのに。




2020年8月27日木曜日

ロバの耳通信「パレード」「神はサイコロを振らない」

「パレード」(04年 吉田修一 幻冬舎文庫)

都内のマンションに暮らしている5人の若者たち。大学生21歳男、無職23歳女、イラストレータ24歳女、風俗18歳男、映画会社勤務28歳男。ここにあるのはそれぞれの青春。読み始めたら「私たちが好きだったこと」(98年 宮本輝 新潮文庫)の優しくワガママな若者たちのことを思い出した。

学生時代は自宅から学校に通い、就職したら独身寮と会社の往復、すぐに結婚して子供もいたワタシには、こういうシェアハウスみたいな若者たちの暮らしは想像もつかないが、老境の入り口でカミさんとふたり暮らしになって、いま、こういう若者たちの若さがうらやましい。

「パレード」の巻末の解説を作家の川上弘美が”こわい小説”と書いている。4回も読んだと。初回は読み終わって(こわさに)茫然とし、時間を置いて2回目を読みこわさを噛みしめたと(まあ、すこし言い方はちがっていたが、こういうことだろうー)。この「こわさ」がワタシにもわかったのだ。そして2回目をいままさに読もうとしているのだ。
これは一種の怪談だった。いいところで、ワーってボスキャラのオバケけが出た。出る前に何度も伏線があったのに、そこにワタシが気付かなかっただけなのだ。さあ、もいっかい読むぞ。出るぞ、出るぞとオバケが出るのをまた楽しみたい。伏線を全部見つけて、雰囲気を盛り上げたい。
「パレード」若さの持つ優しさや、ワガママや、気まぐれ。それらの甘酸っぱさに自分の青春時代を重ね合わせる。あ、なんか出たぞ、得体の知れない小さな不安の棘。知らんふりしてたのに、みんな棘に気が付いてたのか。出るぞ、出るぞ。
あー、面白かった。

「神はサイコロを振らない」(05年 大石英司 中公文庫)

題名はアインシュタインの言葉らしい。68人の乗客・乗務員を乗せたまま消息を絶っていたYS-11旅客機が10年後突然羽田空港に出現、時空の歪みを乗り越えて(みたいな説明)きて、数日後には消えると。死んだはずの68人の残された家族の10年間を描いているから400ページの長編になってはいるが、オムニバスの短編集の感。もともとの話が途方もなく有得ないハナシだから、ワタシはそこで戸惑い、ワタシはすべてを架空のハナシとして読んでしまった。タイムマシンやら空間移動やら、SF好きとしては付き合いたいのだが、脈絡のない人情話を積まれても共感はしない。だから、飽きてしまい途中をだいぶ飛ばして読んでしまった。全部読み通さずにこう書くのもおこがましいのだが、つまらなかった。
世間には好意的に受け入れられ重版も重ね、「神サイ」の流行語とともに連続テレビドラマ(06年)にもなったらしいが、その頃ワタシは転職したばかりでテレビドラマどころじゃなかった。そんな言葉を聞いたのはwikiでこの本について調べたから。同名の曲もある。聞いてみたが、映画とは関係ないようだ、いい曲だけれど初めて聞いた。音楽は好きだから、流行った歌はだいたいは憶えているのだが。

2020年8月24日月曜日

ロバの耳通信「J.Y. Park - When We Disco」

「J.Y. Park - When We Disco(Duet with SUNMI)」

新型コロナ騒ぎの真っただ中。テレビ番組が相変わらずつまらない。報道はコロナ感染者数の増減やら、規制でガラガラになった飲み屋の中継。バラエティもオモシロ動画ばかり。番組製作も大変なんだろうけれど、連日の猛暑で出かけることもままならず、夜は節約モードのエアコンの下でダラダラテレビに付き合う。買い替えたパソコンが好調に動いてくれていなかったら、どう時間をつぶせたかと恐ろしい気がする。

夜中まで見ているYouTubeも食傷気味。普段ほとんど見ることもなかった韓国のMV(ミュージックビデオ)がMy List に紛れ込むようになったのは、韓国料理のサイトを見るようになったせいか。ソモソモの始まりはカミさんから韓国に行っているときにドングリ料理を食べたことがあるかのご質問。韓ドラで出てきたドングリ餅に興味を持ったと。韓国の伝統料理のサイトを徘徊してるうちに、面白くてハマってしまった。

すこし前に日本でも流行ったK-POPは賑やかすぎてどうも性に合わないと思っていたし、男性クループは論外としても女性グループの半裸姿も退屈していたが、My Listにたまたま紹介されていた Wonder Girls、TWICE、ITZYという女性グループのMVの新鮮さに興奮。調べたらパク・ジニョン(박진영、J.Y. Park)という音楽プロデューサーがやっているJYPエンターテインメントの所属で、近々日本人9人のグループniziUもここからデビューさせるらしい。

とにかく、TWICE、ITZYにハマってYouTube浸けになっていたがほんの数日前、J.Y. Park - When We Discoのデュエット曲をYouTubeで見つけた。なにより文字通りシビレタのがYJPの歌のうまさ。

楽曲の楽しさと踊りのキレの良さ。ディスコで出会った男女が10年後に再開し一緒に踊るというMVのスジは、ジョン・トラボルタ主演の「サタデー・ナイト・フィーバー」(77年 米)の「ステイン・アライブ」のノリ。先月8月13日のMV公開らしいが、韓国のみならず日本でも大フィーバーになる予感。
公開以降、TWICE、ITZY、niziUほかが競ってカバーしていて、それらも楽しい。うーん、このところ毎日何回も聞いている。この興奮は長く忘れていた感覚だ。

2020年8月22日土曜日

ロバの耳通信「ジェイソン・ボーン」「白い闇の女」

「白い闇の女」(原題: Manhattan Night)(16年 米)

マンハッタン在住で人探しが評判の新聞記者ポーター(エイドリアン・ブロディ)に、変死した夫の死因を調べてほしいとのパーティーであった女キャロライン(イヴォンヌ・ストラホフスキー)の依頼。女のマンションに連れていかれ、結局色仕掛けに落ち女のいいなりに。

記者が調べてゆくうちに、傷害事件で下腹部を刺されて不能者になった新聞社のオーナーやら、幼い頃に義父に性的関係を強要された女やら、私生活のすべてを撮影してメモリーカードで保存していた映画監督やらがわらわらと出ては消え、結構複雑なプロットにしているが、結局のところ記者はキャロラインのことを外科医の妻リサ(あの「フラッシュダンス」(83年 米)で素晴らしいダンスを見せてくれたジェニファー・ビールス)に知られや可愛い子供たちとも別れるハメに。

なんといってもキャロライン役の当時34歳の豪女優イヴォンヌ・ストラホフスキーが色っぽい。普通の男なら堕ちるだろう。記者ポーターも一旦はキャロラインに別れの言葉を言いつつも、ストーカーのように遠くからキャロラインを見つめていた。まあ、わかるよ。男はどんなことがあっても懲りないんだよね、こういう女に出会うと。

「ジェイソン・ボーン」(16年 米)

面白い映画がないかとYouTubeの予告編めぐりをしていて、コレに当たり結局動画サイトで探してまた見てしまった。うーん、やっぱり面白い。マット・デーモンがいい。何度か見た作品なのだが、また最初から見るハメになってしまった。「ボーン・アイデンティティー」(02年)、「ボーン・スプレマシー」(04年)、「ボーン・アルティメイタム」(07年)、「ボーン・レガシー」(12年)と前作に4作もあるし、来年には続編も出るらしいから心待ちにしている。5作のうち、「ボーン・レガシー」はジェレミー・リー・レナーが主演だったからスピンオフの感。なによりも、記憶を失った「スパイの哀しみ感」アリアリのマット・デーモンの主演じゃなかったから、ただのアクション映画になってしまった。といっても、これはこれでメッチャ面白かったから、ゼンゼンOKなんだけど。とにかくこのシリーズが面白いのは、スピード感と音楽。何度も見てるのに次はどうなるんだろうというのもオカシイが、見るたびに感じるドキドキ感は半端ない。

シリーズの中で記憶に残っている女優がジュリア・オハラ・スタイルズ「ボーン・アルティメイタム」「ジェイソン・ボーン」でCIA情報官ニッキーを演じている。こういう派手なアクション映画には不似合いの、腫れぼったい目をしたフツーの女性なのだが、忘れられない顔をしている。
「ジェイソン・ボーン」シリーズでは、「ジェームス・ボンド」(007シリーズ)や「イーサンハント」(ミッション・インポッシブルシリーズ)とは異なり、女優のポジションが高くない。だからジュリアは美人でもないのにかなり得しているよね。

2020年8月19日水曜日

ロバの耳通信「母さんがどんなに僕を嫌いでも」「瞬 またたき」

「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(18年 邦画)

コミック原作者の歌川たいじの実話の映画化らしい。児童虐待がテーマ。歌川タイジ役に仲野太賀(すごく良かった)、タイジの母に吉田羊(ノーコメント・・)。

子どもの頃ずっと虐待されていた青年が、母親に歩み寄るというまあ、ハッピーエンドなんだけれど。空々しいよね、やっぱり。児童虐待された青年が、母親もまた児童虐待されていたことを知り、自らが変わろうとするんだけれど。そんな、きれいごとってあるのかな。暗いばかりの映画にしたくなかったというのはわかるけど、子どもの頃の傷って治らないんだよ、ゼッタイ。タイジには優しいおばーちゃんとか素晴らしい友人たちがいて、良かったね。

「瞬 またたき」(10年 邦画)

花屋の店員北川景子がバイクに同乗して交通事故で恋人を失ったショックから記憶を失い、治療を続けるうちに事故の詳細を思い出し、死んだ恋人との思いを再び募らせるという、北川景子だけのために作った映画。そういう意味では成功なのか、北川は十分魅力的だったから。
ワキを恋人役で岡田将生、医者役で大塚寧々、恋人の母親役で永島暎子などなど若手からベテランまで一流の配役なのに、彼らがすべて堅苦しく不自然な演技で、全く生きていないのが残念。この配役でこの程度の映画か、もったいない。
映画の終盤近くで、出雲大社で偶然出会った婆さん(菅井きん)に、黄泉の国と現世の境界にあり死者と会えるといわれる坂道の話を聞き、死んだ恋人に会いにゆくというところがある。うーん、なんて安直なストーリー展開かと思ったが、この坂は東出雲に実在する伊賦夜坂(いふやさか)のことだと。ココだけは興味を持てたが、ストーリーはバラバラで納得できないところばかり。

何より気に入らなかったのが、泣かせるはずの最後の映像と音楽のぶち切り方。え?終わったのか。もうちょっとでジーンときたところだったのに。突然のフェイドアウトから主題歌付きのエンドロール。おいおい、いくら安直な映画でも、それはないだろうと不満。